南の島の土着民風自由人

自分の生活、計画し実行してきましたが、病気や人間関係など思いがけない障害に遭遇しました。

(^_-)-☆こんなものか

2014-12-07 23:10:58 | 習慣

 2151 時間が余って困るというか、孫の英会話教室への送り迎えを頼まれていたが、娘が会社を休めることになったらしく、自分は用なしになってしまって、暇ができた。本当に久しぶりの碁を打ってみたい衝動にかられた。2kmほどの距離にある生涯学習センターに行くことにした。鞠子川の土手を歩いて、20分弱だ。1996年、インドネシアに赴任する前まで5年間ほど、ここで囲碁同会のメンバーとして皆さん世話役をしていた。中学当時の先生など、当時現役の小中学校の校長先生がメンバーとして多くいた。

年齢は、私より10才程度上だった。

今日、多分18年ぶりにいってみた、それらの校長先生は、いなくなっていた。深くは聞かなかった。20人近くの人達が来ていた。その中に3人、当時、一緒に打っていた人がいた。その三人の名前を覚えていた。ところが、挨拶しても、その三人、私のことを全く覚えていない、その中の一人と、お手合わせをしてもらった。打ちながら、一緒にいた頃の話をしたが、やはり、全然、覚えていない様子。腕前は、と言えば、その方達より、当時は、私の方が二三目置かせていたはずだった。どのくらいで打ちますかとい聞かれたので、「20年ほど前には4,5段で打っていましたが、全然、打っていないので、二段程度でしょうか」と返事、それじゃ、三目置いてくださいという。その人、五段になっているという。打ってみて、私は、確か、一年以上前になると思うが、ブロックMの慈恵?だったと思うが、相当久しぶりに打ったきりだったが、この人、五段はないでしょうと思った。二番打った、「上手いですね、これから三段で行きましょう」と評価された。私が、その人の評価をすれば、三段以下である。そのあと、四段だという人と黒で打った。どうも、皆さん、インフレの様子、20年以上前と比べると、相当、段のレベルが低くなっていると思った。

 

また、囲碁、頭の胎動、ボケ防止にしては、私のことを全く、知らない、覚えていないとは、囲碁、ボケ防止になっていないじゃないの?効果ないじゃないの?と、思ったしまった。ざっと見て、いた方々の平均年齢は、私より10才程度若そうだった。

 

13:00から16;30まで5番打って、帰途に着いた。帰り道は来た道を戻ったが、向かい風、日も山の向こうに沈み、寒い。鼻水が出てきた。囲碁もまあまあ、往復の歩きも快調、体調や思考をチェックしたようなものだった。12月一か月だけ、通ってみようと思う。

生涯学習 囲碁 健忘

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