アメリカ銃の謎
THE AMERICAN GUN MYSTERY (1933)
☆事件
ニューヨークのど真ん中に作られた大コロシアム。往年のロデオ・スター、バック・ホーンは映画界復活の野望を胸に秘め、二万人の観衆の前に姿を現す。ロデオ興行主《あばれん坊》ビル・グラントの合図の銃声とともに、バックに率いられたカウボーイの集団がそれぞれの馬にまたがり、砂塵を巻き上げながら疾走する。悪漢追跡シーンの始まりである。トラックを旋回していた騎手たちは、やがて見事に止まる。先頭を走っていたバック・ホーンにおよそ三十フィート後れてカウボーイたちの集団が長い糸のように二列に並んでいた。バックが大きな旧式の拳銃を取り出し、銃口を天井に向け引き金を引く。後方の騎手たちも一斉に拳銃を取り出す。《あばれん坊》ビル・グラントの合図の銃声。拳銃を持つ手を天井に向けたまま、再び走り出すバック・ホーンと後に続く一隊。バック・ホーンの銃声とそれに答える一団の一つにまとまった銃声。一斉射撃の後、バック・ホーンが馬から転落し、後続の馬群の蹄に踏みにじられようとするのを見ても、二万の観衆は自分たちの見たことを信じられなかった。
☆登場人物リスト
バック・ホーン・・・ロデオの騎手。元西部劇映画スター
キット・ホーン・・・西部劇のカウガールでバックの娘
ビル・グラント・・・ロデオの興行主
カーリー・グラント(巻き毛のグラント)・・・ビルの息子
ウッディー・・・片腕のロデオスター
トニー・マース・・・スポーツ競技場のオーナー
マラ・ゲイ・・・ハリウッドの人気女優
ジュリアン・ハンター・・・社交界で暮らす男
トミー・ブラック・・・ヘヴィー級世界選手
テッド・ライヤンズ・・・低俗新聞記者
カービー少佐・・・ニュース映画プロデューサー
エラリイ・クイーン・・・探偵
リチャード・クイーン・・・警視
トマス・ヴェリー・・・部長刑事
ジューナ・・・クイーン家のなんでも屋
☆コメント
派手なシチュエーションですね。「ローマ劇場」「フレンチデパート」「オランダ記念病院」の比ではありません。うんざりするほどの数の容疑者。拳銃もふんだんにある。しかし、バック・ホーンを倒した25口径の拳銃だけは見つからない。二万人の観衆の所持品を徹底的に検査し、コロシアム中をしらみつぶしに探し回っても凶器が発見されない。「銃」はどこへ消えたのか?この事件最大の謎です。
ニューヨークに西部劇の世界を持ち込むという派手な趣向にまず驚かされます。登場人物もバックホーンをはじめ、《あばれん坊》ビル・グラントや、その息子《巻き毛》のグラント、ホーンの娘で西部劇女優のキット・ホーンなど、西部劇的なキャラクターですね。コロシアムの創始者トニー・マースはアメリカン・ドリームの体現者ですし、ボクサーのトミー・ブラック、ハリウッドの人気女優マラ・ゲイ、社交界人のジュリアン・ハンター、イエロー・ジャーナリストのテッド・ライヤンズと、派手な登場人物にもこと欠きません。砂埃や硝煙のにおいまで感じられそうな精緻な描写も、この中に手がかりが隠されているかと思うと、いい加減に読み飛ばすわけにはいきません。
弾道検査の場面など、今の作家ならわざわざ書かないでしょうが、『Zの悲劇』の電気椅子の場面同様、こうしたルポルタージュな要素を取り入れているのも、クイーンの特徴の一つといえます。謎解き小説の形式を極限まで追求していた、この時期のクイーンですから、人物の内面描写は望むべくもありませんが、情景描写や風俗描写を見てもクイーンの筆力、作家としての力量は窺い知れますね。
(yosshy)
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