恐怖の研究/A STUDY IN TERROR (1966)
☆事件
1988年、稀代の殺人鬼、切り裂きジャックはロンドンの街を恐怖のどん底に陥れた。殺人鬼は、人々を嘲笑いながら若い女たちを次々と襲っていった。見るも無残な殺戮----が、世紀の名探偵シャーロック・ホームズは手をこまねいていた訳ではなかった。敢然とこの殺人鬼の追求に乗り出していたのだ。そしてワトスン博士がその一部始終を留めておいた未公開の記録が、実に80年ぶりにエラリイ・クイーンの許に届けられたのだ……。
19,20世紀を代表する二人の名探偵が協力して解き明かす、恐るべき<ジャック・ザ・リパー>の正体!(ハヤカワ文庫カバー紹介文より)
☆登場人物リスト
エラリイ・クイーン…探偵作家
グラント・エームズ三世・・・プレイボーイ
マッジ・ショート・・・製靴会社社長の娘
キャザリン・ランバート・・・絵をかく女
レイチェル・ヘイガー・・・バラを栽培する女
☆作中作の登場人物
シャーロック・ホームズ…名探偵
マイクロフト・ホームズ…シャーロックの兄
ジョン・ワトスン博士…ホームズの友人
ハドスン夫人…下宿屋のおかみ
レストレイド…ロンドン警視庁警部
ケネス・オズボーン…シャイアズ公爵
リチャード・オズボーン…カーファックス卿。公爵の息子
マイケル・オズボーン…公爵の息子。素行不良で勘当された
デボラ・オズボーン…カーファックス卿リチャード・オズボーンの娘
ジョゼフ・ベック…ドイツ人の質屋
マレイ博士…救貧ホステルの所長。死体安置所の責任者
サリー・ヤング…マレイ博士の姪
ピエール…白痴
アニー・チャップマン…売春婦
ポリー…売春婦
ジェニー…売春婦
レオナ…売春宿のおかみ
マックス・クレイン…酒場の経営者
アンジェラ・オズボーン…マイケルの妻
ティモシー・ウェントワース…マイケルのパリ遊学時代の友人
切り裂きジャック…殺人鬼
ベイカー・ストリート・イレギュラーズ、豚の人など、その他の登場人物
☆コメント
エラリイが、あのシャーロック・ホームズと知恵比べ・・・という、ちょっと変った趣向の異色作が『恐怖の研究』です。あまり過大な期待をしないかぎり、そこそこ楽しめる読物といった感じでしょうか。
ペーパーバック・オリジナルの形で発表されているのもむべなるかな、この作品のかなりの部分を占めている「医師ジョン・ワトスンの記録」はクイーンの作品ではないのです。
飯城勇三&エラリー・クイーン・ファンクラブ編の『エラリー・クイーン パーフェクトガイド』によると、この作中作である「ワトスンの記録」の部分はSF作家ポール・W・フェアマンが小説化を担当しているということです。
小説化というのは、もともとこの部分は同題のコロンビア映画のシナリオだったからです。映画の小説化の話は、上記『~パーフェクトガイド』によると、当初はジョン・ディクスン・カーに持ち込まれたが、カーが健康上の理由で辞退したらしい。
理由はともかく、作中作の部分を読むかぎり、カーは辞退して賢明だったと思われます。カーが「切り裂きジャック」を扱ったらはるかに優れた時代ミステリができあがったことでしょう。
では、クイーンは引き受けるべきではなかったかというと、そうとは言えません。クイーンは映画の内容を換骨奪胎して、独自の解決編をつけ加え、小粒とはいえ、クイーンらしい中編にしあげているからです。
作中作の部分は、ホームズとワトスンが夜の街で暴漢とわたりあったりするような活劇シーンが目立つお話で、娼婦のポリー(メアリ・アン・ニコルズ)とアニー・チャプマンが実在した人物であることを除けば、ホームズ、ワトスン、レストレイド警部などの架空の人物が登場するフィクションです。なお、<エンジェル・アンド・クラウン>という酒場は実在しました。
この作中作のなかで、ホームズは事件の真相に辿りつくのですけれど、それはワトスン医師によって記録された「真相」とは異なったものでした。エラリイはワトスンの記録を読み、推理することで、ホームズと同じ結論に達します。その意味では、エラリイとホームズの知恵比べというよりは、エラリイとワトスンの知恵比べということになりますね。
この映画は見ていないので、わからないのですけど、ワトスンの記録どおりの結末ということになると、なんだか箸にも棒にもかからない作品みたいな気がしますね。もしそうなら、クイーンはホームズの名誉を救ったことになるのかも。
クイーン作『恐怖の研究』の特長は、作品がクイーン好みの入れ子構造になっているところでしょう。枠組みのストリーでエラリイに届けられた「ワトスンの記録」の送り主の謎と、作中作でホームズに届けられた外科医の手術器具のケースの送り主の謎という二重の謎の対比もうまく考えられていると思います。
枠組みのストリーが、作中作の幕間狂言みたいに顔を出すところが途中うるさく感じられるかもしれませんけど、読み終わってみるとバランスがとれていて、メイン・ストリーを小品なりにも、まとめる効果をはたしていると思われます。
(eirakuin_rika)
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