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『毛皮を着たヴィーナス』ライオン

2019-12-12 00:17:33 | DQX毛皮を着たヴィーナス

初回

DQX毛皮を着たヴィーナス

前回

『毛皮を着たヴィーナス』雌雄

<ライオン>

 翌日彼女は、ギリシャ大使館の舞踏会に出席した。エメラルド色の着物で女神のようなからだをつつんでいた。胸と腕には素肌の肌の匂いがただよっていた。髪には赤い天狗の鼻飾りがひとつ。彼女の態度には、もはや興奮のあともなかった。ふるえおののく熱狂の影も見えなかった。静かであった。静寂で豊麗な女神!それを見て、わたしの血汐は凝固し、わたしの心臓はこごえて止まりそうであった。

 彼女はゆったりした足取りで石垣の階段をのぼっていった。

そしてのぼりきると、その高価な着物の外套をわたしの手のうえにすべり落して、わたしには一瞥もくれないでホールへ入っていってしまった。そこには百を数えるほどのローソクの焔が立っていた。それの燃える煙が銀色のもやもやとなってただよっていた。

 わたしは茫然自失して彼女の後ろ姿を見送っていたが、やがて気がつくと、わたしの手に残った彼女の外套には、まだ彼女の肩の肌のあたたか味と匂いが残っていた。わたしはやるせない気持ちでそこに接吻した。わたしの目は涙で曇った。

 ほどなく彼が到着した。彼は赤の着物で贅沢に飾りつけたビロードの外套を着ていた。

 美しい傲慢な暴君のような態度で控え室のまんなかに立つと、誇らかにあたりを見わたした。

_____不愉快な奴だっち!

 とわたしは思った。

___この男ならだっち、きっと彼女を鎖にかけだっち、彼女の魂を奪い去りだっち、彼女を征服してしまうかもしれないだっち。

 わたしは自分のみじめさを痛感し、羨望と嫉妬で胸の中がむしゃくしゃした。

 彼はわたしに目をつけて、貴族らしいおうような会釈をしてわたしを呼びつけた。わたしは自分の意志に反して、魔力にひきつけられたかのようにつつっと彼の前に出た。

「ボクの着物の外套もぬがせてくれたまえ!」

 わたしの全身は憤慨でふるえたが、どうにもならず、命じられるままにわたしは本物の奴隷のように卑屈になって、彼の外套を脱がせてやった。

 舞踏会が終わるまでの時間は、わたしには長い長い不安焦燥の時間であった。

 ホールには人影がまばらになったが、彼女は容易に帰る気配を示さなかった。窓の鎧戸からは早くも朝の光がのぞいていた。

 ようやく彼女が、水色の波のようにひきずった重いガウンのきぬずれの音をたてて、こちらへやってきた。彼女は彼と親しげに言葉をかわしている。わたしはもう彼女の眼中にはなかった。

「ご婦人に外套をかけてやりたまえ」

 彼は貴族が奴隷に命令するように、わたしに命じた。

 わたしが彼女に着物の外套を着せてやっている間、彼はそばに立って腕を組んで眺めていた。

 そしてわたしがひざまずいて彼女の足袋に草履をはかせてやろうとすると、彼女は彼の肩にやさしく手をかけて軽く身を支えながら、彼の顔に近々とよせて、

「そしてその雌ライオンはどうしましたの?」

 と話のつづきをうながした。

「雌ライオンがえらんでいっしょに住んでいた雄ライオンは、別のライオンから攻撃をうけたのさ」

「それで?」

「雌ライオンは静かに身をふせて、その戦闘をみまもっていたのさ。」

「彼女の配偶者が負かされたときでも、彼女は助けに行こうとはしなかったし、彼が敵の前足にふみつけられて血を流して死んでも、彼女は冷然と眺めていた。強く勝ったほうに従う、それが雌の性質さ」

「・・・・・」

 彼女は軽くうなずいて、ちょっとわきをむいて、奇妙な目つきでわたしをちらりと見た。

 わたしは全身にぞーっと悪寒を感じた。

次回

『毛皮を着たヴィーナス』餅

 

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