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重傷の時 (junseok)
2008-03-28 16:09:46
こんにちは。

ご存知の通り僕は劇症にならなかったのですが、
21歳の時右足骨折の重傷を負ったことがあります。

当時住んでるのは海外。

救急車で搬送まで1時間かかりましたが、
「これで応急処置が受けられる」と
安心したのもつかの間、
保険が適応されない病院でした。

レシートがあれば日本で保険会社に請求できますが、
まず現金が必要。

数名の日本の友人も一緒についてきてくれました。

医師から「金がないと診ないよ」の一点張り。

彼らのお金を貸してもらえるように頼みましたが、
思い切り話をはぐらかせました。

しょうがないので韓国やタイの友人に連絡し、
金を借りてその場をしのぐことが出来ました。

日本の友人から借りられなかったのも、
自分の徳なのかな~って割り切ってます。

事故から4時間後ギブスだけしてもらい、
学校の自分の部屋で2週間ほど寝てましたが、
それだけでもすごく大変な想いがありました。

ご飯を買う、トイレに行く。

それも誰かの助けなしには出来ず、
私生活というか「当たり前の行動」の難しさを
改めて実感した気がします。

事故から2週間後ギブスのまま日本へ帰国。

医師から「何でもっと早く…」って
怒られてしまいました…Orz

怪我でもこれほど苦痛なので、
本当に病気になった時のケアって
大事に感じますし、
時間が経つにつれてそれが大きくなっていくんだろなって思います。

ちなみに僕の父方は高血圧で
半身麻痺になる人多いんです。
 
 
 
消毒 (亀太郎)
2008-03-28 17:57:31
ご心配掛けました・・・
今日は忙しかったです、まず私の病院へ行き採血して、後で来るからと言って妻を病院へ連れて行き切った指を消毒して、終わってから私の病院へ又戻って採血の結果と診察を受けて帰って来ました、行ったり来たりです。
妻の指も8針でした、今日縫った所を見たけど結構大きな傷でした、来週には抜糸になる予定です。

釧路の病院の方では医師と今後の対応を決めて来たのですが、H大で抗体の数値を幾らほど残すか医師の判断になりますが、かんぞうさんがS木先生に言われて
いる100を保つようにするのならい1.5ヶ月に一度釧路とH大で交互に点滴をするようになるかも知れないので、ヘブスブリンが病院で在庫しているか確認し、今後の対応を釧路の病院の医師に頼んで来ました。

後は9月にウイルス肝炎防止対策受給者証が切れるか継続出来るかで、今後の対応も変えようと思っています、それまで気持ちは落ち着かないけど、まあ仕方ないかな。
 
 
 
人との関わり (かんぞう)
2008-03-28 21:54:25
右足骨折というと歩けないってことでしょうから、非常に行動パターンが限られますよね。

本当に困った時、親身になって助けてくれると、感謝の気持ちが何倍にもなって膨らみます。

今度は自分が何倍にもしてお返ししようと思います。

junseokさんもそうだったと思いますが、自分が辛い時こそ、相手の気持ちも理解できたりするんですよね。
自由気ままに生きてきたこんな私でも、いざ病気になると自分以外の人との関わりをようやく大事にするようになりました。

これが病気になって良かった唯一の事かもしれません。
 
 
 
病院としてはどう? (かんぞう)
2008-03-28 22:01:59
亀太郎さん、忙し過ぎではないですか。
私なんて自分の事で一杯々なのに。

腹ならともかく、指を8針も縫うなんて奥さまもショックだったのではないですか。御大事にしてください。

ヘブスブリンについては、前回の検診時にはH大病院の方でも、先生方の意見がまだまとまっていないような雰囲気でした。
お金の問題や副作用の問題もあるかもしれませんが、気持ちとしては患者の意思尊重より、病院としてこうしたい、こうする、と言われるのを願っていたりするんですが・・・。
 
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