<サンクリストバル島>
ペルー周遊記(7):第2日目:リマ観光
2008年7月2日(水) 曇
<ペンションカンツータの朝>
■朝から日本のテレビを見る
昨夜遅くペルーのポコ・ア・ポコ店内にあるペンションカンツータへ到着した私達は,深夜のミーティングを終えて,深夜の1時30分頃,漸く就寝する.
6時30分頃,目が覚める.長旅のためか,とても疲れていたので,良く眠れた.早速,シャワーを浴びて,長旅でベタベタの身体を洗いたいと思う.早朝のためか,なかなかお湯が出てこなかったが,冷たい水を多少我慢しながら浴びる.序でに,下着の洗濯を済ませてしまう.
7時30分頃から,荷物の片づけをしながら,部屋に備え付けられているテレビを点ける.NHKの海外日本語放送が映っている.時差から考えて,どうやら日本の夜の番組を見ているようである.
8時過ぎに,私達の部屋の階下にあるポコ・ア・ポコの店内を通り過ぎて,1階に下りる.そして,店から一旦中庭を通り抜けて,食堂脇のロビーへ向かう.中庭には,沢山の木が植えられていて,いくつかの鳥かごの中では,珍しい小鳥が忙しく動き回っている.店舗脇の空き地では数匹の亀が飼育されている.
ロビーに入る.大きなテレビの前に半円形にソファー置いてある.
■純和風の朝食
8時40分から朝食になる.ポコアポコのご主人が,ホスト役で,私達の世話をしてくれる.
味噌汁にご飯.目玉焼きにハムとトマト.それに各種の漬け物.納豆.まるで日本に居るようである.これには,感激した.お話を伺うと,納豆,豆腐,ほうれん草のお浸し,漬け物は,全部,奥さんの手作りだという.これにはビックリである.
<ポコ・ア・ポコの朝食:この他に漬け物各種,味噌汁など>
<リマ市内観光>
■素晴らしい繁華街
今日はリマ市内観光の予定である.どこをどのように観光するのか,事前には伺っていないが,とにかく現地観光会社にお任せである.
9時57分に,現地旅行社の観光バスが,ペンションカンツータに到着する.一同早速バスに乗り込む.そして,10時01分に発車する.
今日,私達をガイドしてくれるのは,小柄で若い青年,アントニオさんである.少したどたどしいが,日本語が大変上手である.
私達を乗せた車が,どこを走っているのか正確には分からないが,広い4車線の道,コロニアル通りを南南東へ進んでいる.
<街路樹も見事な繁華街>
■サンマルティ広場
10時25分に,リマのダウンタウン,セントラルに到着する.道路の両側には,バルコニーのある建物が並んでいて,何となくスペインの雰囲気が漂っている・・・と,言っても,私はスペインへ行ったことはないが・・・
私達を乗せたバスは,立派な建物のサンマルコス大学を通過する.ここは,以前,カトリック系の私立大学だったが,現在は国立大学になっているという.
10時37分,サンマルティ広場に到着する.
広場の真ん中には,ペルーの独立運動のために活躍したサンマルティン将軍の騎馬像が建っている.広場には沢山の人達が散策している.
<サンマルティ広場>
■アルマス広場
サンマルティ広場を通過して,暫く北北東に進み,10時41分にカテドラル(Catedral)の横を通り過ぎる.さらに,10時41分,大統領官邸の前を通過,次いで,市役所前を半周するように進み,10時45分,アルマス広場(Plaza de Armas)に到着.ここでバスから下車する.市役所の前には,ペルーの道路原標が建っている.ここが日本の日本橋のような所である.
1535年,首都をクスコからリマに移転することを決めたフランシスコピサロは,このアルマス広場を中心にして街を建設したといわれる.そのときにスペインのイベリア様式を採用したという.広場の周辺には,古い建物が沢山残っているようである.
<カテドラルの内部>
■カテドラル
広場に接しているカテドラルの中に入る.大きな教会である.ガイド役のアントニオが熱心に説明をしてくれる.この建物は,フランシスコピサロが礎石を置いた由緒あるものだという.
後日,ピサロは暗殺されるが,彼の遺体が,このカテドラルの中で安置されているという.教会の中には,沢山の壁画や彫刻が展示されている.私達以外にも沢山の観光客が,この教会を訪れている.プーノの守護神,マリアの像や,インカ校庭の壁画なども残っている.
<プーノの守護神:マリア>
■大統領官邸前の生演奏
11時18分頃,カテドラルを出て,隣接する官庁街を歩く.大統領官邸の前に沢山の人が集まっている.ガイドの話だと,どうやら今頃の時間に,官邸を護衛する警官(兵隊?)が交代するらしい.交代の前に,音楽隊が,生演奏で,音楽を数曲流すらしい.
しばらく立ち止まって,音楽隊の生演奏を聴いていたが,なかなか交代しそうもないので,焦れったくなって,先を急ぐことにする.
<大統領官邸の衛兵交代式>
■サンクリストバル山
どちらの方向を向いて歩いているのか良く分からないが,11時38分頃,見晴らしの良いところに出る.目の前には,江ノ島を二廻りほど大きくした小山が聳えている.山頂にはテレビのアンテナのような物が建っている.山麓から山頂まで,草木はなく,ほとんど完全なはげ山である.
山麓の一部にかなり沢山の民家が山肌にへばり付くように建っている.かなり急傾斜の場所である.ガイドのアントニオによると,あそこはスラム街だという.スラム街にしては,随分整然としているように見えるし,電気を通っているようである.スラム街とはいえ,東南アジアやアフリカで見掛けるスラムとは随分違うなという印象を受ける.
<サンクリストバル山>
■サンフランシスコ教会
11時59分,サンフランシスコ教会(Iglesia y Convento de San Fransisco)の前を歩いて通過する.どこか西洋の王宮を想起させるような美しい建物である.ガイドの説明によると,バロックとアンダルシアの建築様式を取り入れて,16世紀中頃から100年ほど掛けて建てられた寺院のようである.
そういわれても,バロックもアンダルシアも良く分からない私には,折角の寺院の説明もチンプンカンプンである.
<サンフランシスコ教会>
■恋人達の広場
12時05分,私達は広場近くに停車しているバスに戻る.すぐに発車する.そして,車で混雑する国道一号線を南下する.12時19分頃,ラピトリア通(?)という一寸危ない所を通り過ぎる.そして,リマで一番高い33階建てのビルを見ながら,さらに南へ進む. 12時26分頃,海岸に近い道路を南下する.そして,12時38分にミナトーリという所を通過する.そして,間もなく,海沿いの道に出る.恋人達の公園(Parque del Amor)の脇を通過する.
ここはミラフローレンスの海岸公園である.公園の真ん中に恋人達が抱き合って,キスをしている巨大なモニュメントがあるとのことである.
■マーマホワナサーマで昼食
12時47分にマーマホワナサーマという海沿いのレストランに到着する.ここでバスから下車.
広場を横切って,お店に入る.階段を下って,海が良く見える席に着く. ここで,昼食となる.
まずは,細いソバと肉の入ったスープが出てくる.なかなかの味である.次いで,牛肉の串刺しと,鳥の心臓を焼いた物が出てくる.コリコリとした食感があって,なかなか美味である.
<昼食>
■中央公園
13時47分,昼食を終えた私達は店を出て1階の広場に戻る.雲間から柔らかい日差しが射し込んでくる.この時期に,リマで太陽を拝めるのは,とても珍しいことで,きわめてラッキーだと,ガイドが言う.
14時02分,バスに乗る.直ぐに発車する.
これから街中を一回りして,ポコ・ア・ポコに戻る予定である. 帰途,14時15分頃,中央公園(Parque Central)で下車して,その辺りを10分ほど散策する.綺麗な公園である.幾分蒸し暑いが,気分がよい.沢山の市民が散策をしたり,座り込んだりで,楽しんでいる.
■ワカプクヤーナ遺跡
再びバスに乗る.そして,ほんの数分走った所で,1200年前の遺跡,ワカプクヤーナ(Huaca Pucllana)に到着する.再び下車して,遺跡を見学する.ここはプレインカ時代に作られた日干し煉瓦のピラミッドだという.もっとも『地球の歩き方』では,紀元後から600年頃に栄えたリマ文化の遺跡という説明になっているが,どちらが正しいか私には分からない.
兎に角,ここは宗教的な場所のようである.遺跡の発掘は,現在も続いているようである.ここからは,土器,ミイラ,織物などが出土しているとのことである.
<ワカブキアナ遺跡>
■ペンションカンツータに帰着
途中,ダウンタウンで下車,10分ほど繁華街を散策した後,再びバスに乗車して帰途につく.
15時13分,私達は無事にポコ・ア・ポコに帰り着く.ポコ・ア・ポコの中庭では,多種多様な鳥たちが賑やかに囀っている.オームが,頻りに「おはよう」を繰り返している.
<ペンションカンツータで連泊>
■時差で眠い
一旦,部屋へ戻る.
夕食は,19時からだという.夕食まで,まだ,時間がある.時差のために何となく眠い.そこで,暫くの間,NHKのテレビを見ながら,うたた寝をする.
18時半頃,1階のロビーへ降りる.丁度その時,同行のIさんが,デジカメ用のSDカードを買いたいという.一人で外出するのは危険なので,私がエスコート.ポコ・ア・ポコから数軒離れた所にある電気店で,無事,SDカードを購入する.SDカードの値段は,日本と余り変わらないようである.
■順和風の夕食
ロビーへ戻る.
19時から夕食である.男性全員と一部の女性は酒宴を開始する.下戸の私はアルコールをパスせざるを得ない.これから毎夜,酒宴があるのかと思うと,正直な話,下戸の私は,少々,身の置き所に困るので,気が重い.
食事は,例によって,純和風.ススキのフライ,漬け物各種,カレーライス,スープ,それにデザートのリンゴである.お箸を使って食事をしていると,自分がペルーにいるのを忘れそうになる.
<ペンションカンツータの夕食>
■大きな風呂に入る
20時過ぎに夕食が終わる.
21時頃,2階にある大きなお風呂に入る.少々,お湯は温いが,ペルーでは逆にこの程度の温いお湯が当たり前なのだろう.
ポコ・ア・ポコの売店を通り過ぎて,自室に戻る.
売店には,日本人観光客が沢山訪れている.今夜の夜行便で日本へ帰国する人達のようである.私も観光客に混じって,売店を一回りしてみる.値札は米ドル表示になっている.売り場には値頃な商品が沢山並んでいる.
21時30分頃,自室に戻る.
突然,外で救急車のサイレンが鳴り響く.2匹の犬が遠吠えを始める.
21時50分頃就寝.
(つづく)
前の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/b9592b4e12892105cacfde5133e68491
次の記事
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このシリーズの最初の記事
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ペルー周遊記(7):第2日目:リマ観光
2008年7月2日(水) 曇
<ペンションカンツータの朝>
■朝から日本のテレビを見る
昨夜遅くペルーのポコ・ア・ポコ店内にあるペンションカンツータへ到着した私達は,深夜のミーティングを終えて,深夜の1時30分頃,漸く就寝する.
6時30分頃,目が覚める.長旅のためか,とても疲れていたので,良く眠れた.早速,シャワーを浴びて,長旅でベタベタの身体を洗いたいと思う.早朝のためか,なかなかお湯が出てこなかったが,冷たい水を多少我慢しながら浴びる.序でに,下着の洗濯を済ませてしまう.
7時30分頃から,荷物の片づけをしながら,部屋に備え付けられているテレビを点ける.NHKの海外日本語放送が映っている.時差から考えて,どうやら日本の夜の番組を見ているようである.
8時過ぎに,私達の部屋の階下にあるポコ・ア・ポコの店内を通り過ぎて,1階に下りる.そして,店から一旦中庭を通り抜けて,食堂脇のロビーへ向かう.中庭には,沢山の木が植えられていて,いくつかの鳥かごの中では,珍しい小鳥が忙しく動き回っている.店舗脇の空き地では数匹の亀が飼育されている.
ロビーに入る.大きなテレビの前に半円形にソファー置いてある.
■純和風の朝食
8時40分から朝食になる.ポコアポコのご主人が,ホスト役で,私達の世話をしてくれる.
味噌汁にご飯.目玉焼きにハムとトマト.それに各種の漬け物.納豆.まるで日本に居るようである.これには,感激した.お話を伺うと,納豆,豆腐,ほうれん草のお浸し,漬け物は,全部,奥さんの手作りだという.これにはビックリである.
<ポコ・ア・ポコの朝食:この他に漬け物各種,味噌汁など>
<リマ市内観光>
■素晴らしい繁華街
今日はリマ市内観光の予定である.どこをどのように観光するのか,事前には伺っていないが,とにかく現地観光会社にお任せである.
9時57分に,現地旅行社の観光バスが,ペンションカンツータに到着する.一同早速バスに乗り込む.そして,10時01分に発車する.
今日,私達をガイドしてくれるのは,小柄で若い青年,アントニオさんである.少したどたどしいが,日本語が大変上手である.
私達を乗せた車が,どこを走っているのか正確には分からないが,広い4車線の道,コロニアル通りを南南東へ進んでいる.
<街路樹も見事な繁華街>
■サンマルティ広場
10時25分に,リマのダウンタウン,セントラルに到着する.道路の両側には,バルコニーのある建物が並んでいて,何となくスペインの雰囲気が漂っている・・・と,言っても,私はスペインへ行ったことはないが・・・
私達を乗せたバスは,立派な建物のサンマルコス大学を通過する.ここは,以前,カトリック系の私立大学だったが,現在は国立大学になっているという.
10時37分,サンマルティ広場に到着する.
広場の真ん中には,ペルーの独立運動のために活躍したサンマルティン将軍の騎馬像が建っている.広場には沢山の人達が散策している.
<サンマルティ広場>
■アルマス広場
サンマルティ広場を通過して,暫く北北東に進み,10時41分にカテドラル(Catedral)の横を通り過ぎる.さらに,10時41分,大統領官邸の前を通過,次いで,市役所前を半周するように進み,10時45分,アルマス広場(Plaza de Armas)に到着.ここでバスから下車する.市役所の前には,ペルーの道路原標が建っている.ここが日本の日本橋のような所である.
1535年,首都をクスコからリマに移転することを決めたフランシスコピサロは,このアルマス広場を中心にして街を建設したといわれる.そのときにスペインのイベリア様式を採用したという.広場の周辺には,古い建物が沢山残っているようである.
<カテドラルの内部>
■カテドラル
広場に接しているカテドラルの中に入る.大きな教会である.ガイド役のアントニオが熱心に説明をしてくれる.この建物は,フランシスコピサロが礎石を置いた由緒あるものだという.
後日,ピサロは暗殺されるが,彼の遺体が,このカテドラルの中で安置されているという.教会の中には,沢山の壁画や彫刻が展示されている.私達以外にも沢山の観光客が,この教会を訪れている.プーノの守護神,マリアの像や,インカ校庭の壁画なども残っている.
<プーノの守護神:マリア>
■大統領官邸前の生演奏
11時18分頃,カテドラルを出て,隣接する官庁街を歩く.大統領官邸の前に沢山の人が集まっている.ガイドの話だと,どうやら今頃の時間に,官邸を護衛する警官(兵隊?)が交代するらしい.交代の前に,音楽隊が,生演奏で,音楽を数曲流すらしい.
しばらく立ち止まって,音楽隊の生演奏を聴いていたが,なかなか交代しそうもないので,焦れったくなって,先を急ぐことにする.
<大統領官邸の衛兵交代式>
■サンクリストバル山
どちらの方向を向いて歩いているのか良く分からないが,11時38分頃,見晴らしの良いところに出る.目の前には,江ノ島を二廻りほど大きくした小山が聳えている.山頂にはテレビのアンテナのような物が建っている.山麓から山頂まで,草木はなく,ほとんど完全なはげ山である.
山麓の一部にかなり沢山の民家が山肌にへばり付くように建っている.かなり急傾斜の場所である.ガイドのアントニオによると,あそこはスラム街だという.スラム街にしては,随分整然としているように見えるし,電気を通っているようである.スラム街とはいえ,東南アジアやアフリカで見掛けるスラムとは随分違うなという印象を受ける.
<サンクリストバル山>
■サンフランシスコ教会
11時59分,サンフランシスコ教会(Iglesia y Convento de San Fransisco)の前を歩いて通過する.どこか西洋の王宮を想起させるような美しい建物である.ガイドの説明によると,バロックとアンダルシアの建築様式を取り入れて,16世紀中頃から100年ほど掛けて建てられた寺院のようである.
そういわれても,バロックもアンダルシアも良く分からない私には,折角の寺院の説明もチンプンカンプンである.
<サンフランシスコ教会>
■恋人達の広場
12時05分,私達は広場近くに停車しているバスに戻る.すぐに発車する.そして,車で混雑する国道一号線を南下する.12時19分頃,ラピトリア通(?)という一寸危ない所を通り過ぎる.そして,リマで一番高い33階建てのビルを見ながら,さらに南へ進む. 12時26分頃,海岸に近い道路を南下する.そして,12時38分にミナトーリという所を通過する.そして,間もなく,海沿いの道に出る.恋人達の公園(Parque del Amor)の脇を通過する.
ここはミラフローレンスの海岸公園である.公園の真ん中に恋人達が抱き合って,キスをしている巨大なモニュメントがあるとのことである.
■マーマホワナサーマで昼食
12時47分にマーマホワナサーマという海沿いのレストランに到着する.ここでバスから下車.
広場を横切って,お店に入る.階段を下って,海が良く見える席に着く. ここで,昼食となる.
まずは,細いソバと肉の入ったスープが出てくる.なかなかの味である.次いで,牛肉の串刺しと,鳥の心臓を焼いた物が出てくる.コリコリとした食感があって,なかなか美味である.
<昼食>
■中央公園
13時47分,昼食を終えた私達は店を出て1階の広場に戻る.雲間から柔らかい日差しが射し込んでくる.この時期に,リマで太陽を拝めるのは,とても珍しいことで,きわめてラッキーだと,ガイドが言う.
14時02分,バスに乗る.直ぐに発車する.
これから街中を一回りして,ポコ・ア・ポコに戻る予定である. 帰途,14時15分頃,中央公園(Parque Central)で下車して,その辺りを10分ほど散策する.綺麗な公園である.幾分蒸し暑いが,気分がよい.沢山の市民が散策をしたり,座り込んだりで,楽しんでいる.
■ワカプクヤーナ遺跡
再びバスに乗る.そして,ほんの数分走った所で,1200年前の遺跡,ワカプクヤーナ(Huaca Pucllana)に到着する.再び下車して,遺跡を見学する.ここはプレインカ時代に作られた日干し煉瓦のピラミッドだという.もっとも『地球の歩き方』では,紀元後から600年頃に栄えたリマ文化の遺跡という説明になっているが,どちらが正しいか私には分からない.
兎に角,ここは宗教的な場所のようである.遺跡の発掘は,現在も続いているようである.ここからは,土器,ミイラ,織物などが出土しているとのことである.
<ワカブキアナ遺跡>
■ペンションカンツータに帰着
途中,ダウンタウンで下車,10分ほど繁華街を散策した後,再びバスに乗車して帰途につく.
15時13分,私達は無事にポコ・ア・ポコに帰り着く.ポコ・ア・ポコの中庭では,多種多様な鳥たちが賑やかに囀っている.オームが,頻りに「おはよう」を繰り返している.
<ペンションカンツータで連泊>
■時差で眠い
一旦,部屋へ戻る.
夕食は,19時からだという.夕食まで,まだ,時間がある.時差のために何となく眠い.そこで,暫くの間,NHKのテレビを見ながら,うたた寝をする.
18時半頃,1階のロビーへ降りる.丁度その時,同行のIさんが,デジカメ用のSDカードを買いたいという.一人で外出するのは危険なので,私がエスコート.ポコ・ア・ポコから数軒離れた所にある電気店で,無事,SDカードを購入する.SDカードの値段は,日本と余り変わらないようである.
■順和風の夕食
ロビーへ戻る.
19時から夕食である.男性全員と一部の女性は酒宴を開始する.下戸の私はアルコールをパスせざるを得ない.これから毎夜,酒宴があるのかと思うと,正直な話,下戸の私は,少々,身の置き所に困るので,気が重い.
食事は,例によって,純和風.ススキのフライ,漬け物各種,カレーライス,スープ,それにデザートのリンゴである.お箸を使って食事をしていると,自分がペルーにいるのを忘れそうになる.
<ペンションカンツータの夕食>
■大きな風呂に入る
20時過ぎに夕食が終わる.
21時頃,2階にある大きなお風呂に入る.少々,お湯は温いが,ペルーでは逆にこの程度の温いお湯が当たり前なのだろう.
ポコ・ア・ポコの売店を通り過ぎて,自室に戻る.
売店には,日本人観光客が沢山訪れている.今夜の夜行便で日本へ帰国する人達のようである.私も観光客に混じって,売店を一回りしてみる.値札は米ドル表示になっている.売り場には値頃な商品が沢山並んでいる.
21時30分頃,自室に戻る.
突然,外で救急車のサイレンが鳴り響く.2匹の犬が遠吠えを始める.
21時50分頃就寝.
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