2019年第42回神奈美公募展;出品作品(7);3枚の連結絵を描いた動機
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2019年5月20日(月)
<連画を制作した切っ掛け>
▇切っ掛けは連歌
今回,なぜこんな絵を画を思いついた切っ掛けは新古今和歌集掲載の連歌に接したことにある.新古今和歌集など浅学の私には滅相もない世界だが,某大学の教科書にこんな事例が載っていたのを見て.なるほどと思った(注1)(注2).
新古今和歌集に後鳥羽上皇の歌,
見渡せば
山本霞む
皆瀬川
夕べは秋を
何思ひけん
がある.
宗祇が,この歌から,
雪ながら
みなもと霞む
夕べかな
と読む.
さらに肖拍が,
ゆく水遠く
梅にほふ里
と追句する.すると,梅が香る川辺の情景が浮かび上がってくる.
さらに宗長が
川風に
一むら柳
春見えて
追句する.
ここに,宗祇が
舟さす音も
しるき明け方
と追句する.すると水の里へ去って行く様子が浮かび上がってくる.
(注1)京都造形芸術大学通信教育教材より引用
(注2)『新古今和歌集』皆瀬川三吟百選,長享2年(1488)
▇連画作成を思い立つ
もともと文学にはからっきし無知な私でも,追句によって情景が次々に変わっていくことに,大きなショックを受ける.「なるほど」と思う.
そのとき,ふと思いついたのが,「連歌」があるならば「連画」があっても良いなということである.「連画」という言葉があるかどうか知らないが,まあ無かったら私の勝手な「造語」ということにしておこう.
”では,今回の神奈美公募展で「無手勝流連画」をトライしてみよう”
と思い立った.幸いなことに私は神奈川美術協会の会員になっているので,無審査で出展することができる.この特典を利用して今回の連作を出展した次第である.
当初の予想では,多分悪評が湧くだろうなと予想していたが,こんな乱暴な試みも大方の皆様からは好意的な感想を頂戴した.それでなんだかホッとした気分になっている.
<今回の連画の試みによる検証>
▇まずは1枚目の連画追加
+
1枚目 2枚目
今回の試みで気がついたことを列挙してみよう.
まず,(1枚目+2枚目)による効果は,近景の山容に立体感が強調され,威圧感が増えた.ついで登山者の存在が何となく薄れる.これも狙いの一つである.さらに,2枚目の右3分の1に冬山を配することによって,空間と季節感の奥行きを強調しようとした.この試みが旨きいっているかどうかはあまり良く分からない.当の本人としてはある程度成功したなと思っているが,見て下さる方々に私の意図が伝わったかどうかは甚だ疑問である.
2枚目の絵を描いているときは,頭の片隅で何時も宗祇らの連歌のことが何時もチラチラしていた.
▇さらに3枚目の連画追加
++
1枚目 2枚目 3枚目
3枚目の連画を追加することによって,山全体のパースペクティブが広がったことは自明なような気がする.さらに,雲の存在が明らかに見え始め,遠景の冬山から流下する冷たい風のようなものが伝えられたとすれば私の本望である.
▇3枚の絵を2分割
今度は,3枚連ねた絵を下図のように2分割すると,丁度,「陰」と「陽」に区分できそうな気がする.あくまで戯れ言だが・・・
2分割したときに,向かって右側は明るい画面になっていて「陽」,左側は「陰」である.何となく雅楽の調べを連想する.
▇連画の効果
連画による効果には,相乗効果(プラス効果)と相殺効果(マイナス効果)がありそうである.
まず,相乗効果としては,
①連画を重ねることによりパースペクティブが広がる,
②迫力が強まる,
③画面にストーリーを持たせやすくなる
などがありそうである.
その反面,相殺効果として,
①主題がぼやける可能性がある,
②全体の一体感が希薄になる可能性がある,
③焦点が定まらなくなる
などがあげられるだろう.
<今回の試み>
▇上手な画,下手な画の評価尺度への疑問
そもそも絵を描くのが「上手」,「下手」は一体どんな尺度で測定するんだろう?
このような問いは実に幼稚なのかも知れないが,私にはどうしても引っかかる.とはいえ,一目見ただけで,
”この絵は素晴らしい! 上手だなあ”
と直感的に感じることも事実である.
でも,「上手」「下手」ということと,「感動した」「感動した」ということとは必ずしも一致するとは限らないだろう.
まあ,こんな幼稚な疑問は美術の専門家から見たら,「何を戯言言っているんだ」と一蹴されてしまうだろう.とはいえ一番望ましいのは「上手」で「感動する」絵が描ければそれに越したことはない.でも「下手」で「感動する」絵も存在して良いはずである.
「感動する」ってどういうことだろうか.
本物そっくりに繊細緻密に描いた絵を見ると確かに感動する.これは作者の技術,根気,努力などに感動しているに違いない.この要件を満たす絵を描くには,絵を描く基礎知識や技法の習得を積み重ねなければ達成できない.これは私には無理.となると私に実現できそうな唯一の解は,「下手」で「感動する」絵を目指すことである.
▇当面の試み
この「下手」で「感動する」絵の制作に一歩でも近づくために,今回,私が努力した点を列挙すれば以下の通りとなる.
①感情にまかせて,敢えて荒い筆遣いで画いた.
②季節は無視する.
同じ場所に四季を通じて訪れているので,その折の感慨を全部画いてしまう.
③時間の経緯を無視する
同じ場所でも朝,昼,夕方で光の射し込む方向は変わるが,長い時間同じ場所に
留まって風景に見とれていたので,一定方向からの光だけを意識するのはおかし
いと思ったから光の方向(つまり時間の経過)は無視した.
④下書きの鉛筆画は敢えて消さなかった.
下絵の鉛筆で画いた線も絵の制作過程で絶対に必要なもの.だから消してしまう
のはおかしいと思ったので,そのまま消さずに残した.
⑤人影は敢えて印象が薄くなるように画いた.
その理由は大自然の中で登山者なんて小さな存在であること,および,登山者が
自然の中に溶け込んでしまっていることを示したかった.
⑥各絵に自分の山への想いを染みこませたかった
私は,自分が苦労して登っている間にかいた汗が滴れ落ちていて地底ではマグマ
が蠢いているような生きた山を画きたいと思っている.だから近景があってその
先に遠景としての山があるような絵は描きたくない.そんな想いが見て下さる
方々につたわるだろうか.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こんな取り留めのないことを連想しながら,今回の展覧会は無事終わった.
次の神奈美会員展は今年秋に開催される予定である.正に息つく暇もない感じだが,さて秋に向けてどんな絵を描いたら良いんだろう.
下手な講釈を余り長い時間続けるのも良くないので,今回はこの辺りでお開きにしよう.
(おわり)
「緩和休題;セピア色の画集」の次回の記事
(なし)
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