この屋上カフェでミントティーをいただきながらかなり長時間粘りました。ミントティーは「アッツァイ」と呼ばれモロッコの国民的飲料です。中国からの緑茶にたっぷりの砂糖とミントの葉を加えます。モロッコは世界一の緑茶輸入国です。たっぷりの砂糖のせいかモロッコには糖尿病が多いそうです。
マラケシュといえばジャマ・エル・フナ広場です。(世界遺産)四方田犬彦氏が「わたくしはここを訪れることを長い間渇望してきた」(「モロッコ流謫」p115)と書くように旅人必見の広場です。夕暮れから賑わってきますが、昼間も結構多くの人が行き交いしていました。写真はその昼間、広場に面したカフェの屋上から写したものです。
エスタさんコメントありがとうございました。前回紹介したナツメヤシは砂漠地帯にはどこでも見られますがここモロッコでは特に量的に多いような気がしました。また2008年12月31日に紹介したサボテンの実はちょっと珍しいのではないでしょうか。
マラケシュは(10月7日地図)フェズについで古い11世紀に始まった街です。ここのメディナも迷路です。ここで写真のようなクッバ・バアディンという建物に出会いました。12世紀にたてられたマラケシュで最も古い建物です。モスクでお祈りをするための清めの水利施設です。クッバとはlone planet よれば聖域またはお寺を意味するとありますが、「地球の歩き方」では「ドーム状」のものを示すとあります。どちらが本当なんでしょうね。
モロッコではイランやパキスタンなどと違い非イスラーム教徒はモスクには入れません。ここメディナにあるカラウィーンモスクも例外ではありません。この写真も外からのぞいたものです。
Lonely planet はフェズがモロッコの精神的首都であるとすればカラウィーンモスクはその心臓部だといっています。
ここは一義的にはモスクですが、高等教育機関として中世世界に冠たるものでした。オックスフォードやボロニアよりも古く、ここを通じてイスラーム数学がヨーロッパに伝えられたのは科学史の常識とは前述の「モロッコ流謫」(p67)です。またここの教授がアラビア語で記した医学書は11世紀にラテン語訳され、ヨーロッパ最古の大学であり医学で知られたイタリアのサレルノ大学で教科書として用いられました。「歴史序説」の著者歴史家のイブン・ハルドゥーンはここで学びました。
四方田犬彦氏の「モロッコ流謫」は革染色職人街について以下のように書いています。(p61~62)
「(フェズは)逃げ場のない内陸にあって、モロッコ的なるものを何世紀にもわたって黒く煮詰め、壁という壁、小径という小径にべっとりと塗り重ねたような息苦しさと、異教徒である私にむかって獰猛で邪悪な眼差しを差し向けてくるところであった。このような感想をもった原因のひとつは,摺鉢状に内側が窪んだ旧市街の中心、土地がもっとも低くなっている川べりに設けられた皮鞣し工場をたまたま覗いてしまったことが、作用しているかもしれない。*****巨大な岩盤のうえに、人間の軀がすっぽりと入るくらいの穴が何十と穿たれていて、****穴という穴に茶褐色や赤の染料が貯蔵されていて*****世界に名高いモロッコ皮の製造工房だった。腐乱した肉がたてる独特の臭気が鼻腔を襲い、しばらく立っていると、軀の全体が裏返るような嘔吐感が込みあげてくる」
この広場で見かけた人です。分かりますか、額に薄いあざがあるのが。そうなんです。「祈りだこ」です。尋ねると「ハーッジ」ではないそうです。
「祈りだこ」と「ハーッジ」については2008年6月10日をご覧ください。