Entrance for Studies in Finance

サブプライム危機後のアメリカ経済

サブプライム危機後のアメリカ経済
福光 寛Hiroshi Fukumitsu(執筆2007年10月)
 
はじめに
 2007年8月から9月にかけて、先進各国の中央銀行が、市場に大量の緊急融資を行ったことから、その原因とされるサブプライム問題に世界中の注目が集まった。
 サブプライム問題とは、アメリカで住宅金融における優良顧客向けローンであるプライムローンに対して、プライムの基準を満たさないローンをサブプライムローンと呼ぶが、このローンが引き起こしている経済問題を指している。
 このサブプライムローンについて、2006年後半になって住宅価格上昇率の鈍化が進むなか、ローン返済に行き詰まる家庭の急増が伝えられた。そしてそのことが住宅債権に対する不安に拡大し、結果として住宅ローン債権を証券化した商品を購入していたファンドなどを直撃、さらにはファンドなどに信用枠を供与している銀行も信用の供与を迫られるなど影響が広がった。遂には欧州やアメリカの金融市場で一時的に信用がひっ迫する事態になった。
 ここではこのサブプライム問題が米国経済に及ぼす影響を念頭に、米国経済の現況について考えたい。ところでサブプライム問題が、米国の国内景気を減速させることは明らかだが、その影響の大きさについては判断が分かれている。

1.経済見通し 減速の程度で判断分かれる 
 サブプライム問題が表面化してから、アメリカの経済見通しは、概ね下方に修正されたが、しかし下方修正の程度には機関による差がある。
 2007年9月10日に発表された全米エコノミスト協会の米経済見通しは、2007年の実質経済成長率を2.0%と予測し、5月時点の前回予測を0.2%下方修正した。また年末までに0.25%幅の利下げが2回実施されるとの見通しを明らかした。この結果、2007年の米経済は2006年成長率2.9%よりは低下するものの、2008年には2.8%まで持ち直すとした。
 9月27日には米商務省も、2007年第二四半期の実質経済成長率を4%から3.8%にわずかに下方修正した。なお2007年第一四半期は0.6%、2006年第四半期は2.1%であった。なお米国の実質経済成長率は、2004年3.6%、2005年3.1%、2006年2.9%と減速を続けていた。その意味では2007年第二四半期だけが数値として高かったのである。
 では第二四半期の成長率は突出して高かった理由は何か。背景にあるのは事業投資(business investment)が年率で11%と第一四半期の年率2.1%から急激に上昇したことにあった。米国企業は増益基調の中で設備投資を抑えてきたので、機会さえあれば投資をする余力は高い。しかし経済活動の三分の2を占める消費支出は第一四半期から第二四半期の間で、3.7%から1.4%に減速している。
 10月9日にダウジョーンズ通信は、IMFが2008年のアメリカの実質経済成長率を、7月時点の2.8%から0.9ポイントさげて1.9%に大きく下方修正する見込みだと伝えた。以上のように、アメリカ国内経済は、2008年夏のサブプライム問題表面化でさらに大きな減速も見込まれる状況にあるが、減速の大きさについては議論が分かれている。その背景にはグローバル化の進展が、国内消費の減退を補うのではないか。中国やインドなど新興国の経済発展が、アメリカの国内消費減退をある程度カバーするのではないかという期待がある。この問題は国内消費減退の規模がどの程度になるかにもかかっている。

2.サブプライム問題 住宅不況は明らか
2007年9月25日(火)全米不動産協会(NAR)が発表した2007年8月の中古住宅不動産販売件数は年率換算(季節調整済み)で550万戸となり、前月に比べ4.3%減った。減少は6カ月連続。2002年8月の536万戸以来の低水準。
 2007年9月27日(木)米商務省が発表した2007年8月の新築一戸建て住宅販売件数は年率換算(季節調節済み)で79万5000戸となり、前月(2007年7月)に比べ8.3%の減少となった。またこの数値は2000年6月の79万3000戸以来7年2カ月ぶりの低水準で、住宅市場の落ち込みは明らかである。
なおすでに住宅着工件数は減速に入っており、2005年には206万8000戸(年間)を数えた住宅着工件数は、2007年に入ると毎月、年率で140万戸台のペースで150万戸を上回ることはなく、7月8月は年率で130万戸台のベースにさらに落ち込んだ。
2007年10月2日にまとまった2007年9月期の米新車販売台数は前年同月比2.9%減の131万4894台で4カ月連続の前年割れだった。サブプライム問題による住宅市場冷え込みの余波を被っているとみられている。

3.米国国内雇用は依然堅調
 しかし国内の雇用は依然堅調である。もちろんサブプライム問題に絡んで住宅部門や金融部門での雇用削減の動きが報道されているが、全体の数値を大きく悪化させるにはなお至っていない。
 雇用については、2007年9月に一度は、悪化のニュースが伝えられたが、わずか1か月後には、9月に公表された数値が「誤っていたとして」上方修正され、雇用不安は一気に後退している。
 2007年9月7日(金)米労働省発表による2007年8月の雇用統計(季節調節済み)によると非農業部門の雇用者数が2007年8月に比べ4000人のマイナスとなった。雇用者数の減少は4年ぶり。事前の市場予想は11万増であったのでこれはサブプライム問題が雇用に影響したことを示し、9月18日のFRBの利下げ判断につながったと考えられる。なお2007年8月の失業率(軍人を除く)は2007年7月と同じ4.6%とされ、インフレ懸念の目安とされる5%を下回った。
10月5日(金)米労働省が発表した2007年9月の雇用統計(季節調整済み)によると非農業部門の雇用者数は前月に比べ11万人増となった。また2007年8月の数値はマイナス4000人から8万9000人増に変更された。さらに平均時給は17.57ドル、前月比0.4%増であった。この結果、雇用への危機感は一気に後退した。なお失業率は4.7%と0.1ポイント上昇したが、なお4%台である。

4.米国国内消費は次第に減速か
 サブプライム問題によって個人消費にどのような影響を受けるが注目されている。9月に入り住宅部門の縮小に明らかな影響を受けているのは家具部門(前月比0.6%ダウン)。温暖化のため秋物が売れなかった衣料部門(同0.4%ダウン)。
 自動車販売高は8-9月と前月比で伸びたが、6-7月の買い控えの反動とも見える。
 季節調整済みの小売売上高は、2007年9月は前月比0.6%の伸び。8月は0.3%伸び。7月も0.6%の伸びだった。このうち9月の数値はサブプライム問題が大きくなったあとの数値であるので、消費が依然底固いこと、あるいは消費というものはにわかには減速しないことを示すものといえる。
 しかし消費者の景況観を示し景気の先行指標として重視される消費者信頼感指数(consumer sentiment index)は顕著に8月と9月と連続して大きく低下した。この指数を作成している機関はいくつかあるが、日本経済新聞の景気指標で取り上げているのはCBのもの。それによると2006年の平均値が105.9に対し、2007年7月には111.9の高い値を示したが、8月には105.6、さらに9月には99.8へと連続して低下している。
 ほかの消費者信頼感指数も同様の低下を示しており、アメリカの国内消費が落ち込むリスクは高まっている。
 2007年9月26日(水)米商務省が発表した2007年8月の耐久財受注額(季節調整済み 半導体除く)は2995億ドルで前月に比べ4.9%減った。減少は3カ月ぶりで減少率は市場予測の平均の3.5%を上回った。

5.マネーの流れからみると過少貯蓄
 ところで中長期的には、マクロ(巨視)的にみると、アメリカの家計部門は貯蓄水準が低い。しかもその家計部門は一貫して貯蓄水準を減らしてきた。最近しばしば、国民所得計算上の貯蓄率・投資率が引用される。アメリカは、1980年前後にはなお10%前後の数値があったが2005年にマイナス0.4%と始めてマイナスに転落。2006年にもマイナス1%とマイナス数値を更新した。これが異常事態であることは論を待たない。なお1980年代前後には15%以上あった日本の貯蓄率は2004年度3.4%、2005年度3.1%であり、アメリカ同様低下している。
 アメリカでは投資率が貯蓄率より大きく、その差はとくに2000年以降は貯蓄率の急速な低下により拡大している。部門別にみると1990年代後半になると家計が赤字幅を拡大している。政府の財政赤字は1990年代末に一時改善されるが、2000年代に入りしばらくすると巨額の赤字に戻り2002年以降赤字を大きくしている。2002年に法人部門はわずかに黒字に転換している。
 他方、日本では概ね貯蓄率が投資率よりも高い。両者は1970年代をピークに下落傾向にある。1990年代後半以降は投資率が貯蓄率より早く下落することで両者の差が開いている。なお日本では1990年代に入るとそれまで赤字だった法人部門が黒字に代わり黒字幅を拡大する。他方で家計の赤字は振幅はあるが、小さくなっている。政府は1990年代に入って赤字を続けるがとくに1998年以降、赤字幅を大きくしている。
 アメリカでは住宅資産価格の上昇があったことで、家計部門は貯蓄を減らしただけでなく、この資産価格の上昇を利用した借入で、つまり負債の拡大で所得以上に消費水準を拡大してきた。また政府部門も同様に赤字を拡大した。
では、米国が相対的低金利や証券市場の活況を続けられたのはなぜか。アメリカに海外から資金流入が続いたからである。より有利な運用を求める欧州の年金基金、国内では貯蓄を使いきれない中国など新興国のマネー、そして中東などのオイルマネー。これらが米国に流入して必要資金をファイナンスしたからである。
 サブプライム問題で米国への投資リスクが意識される結果、このマネーの流れが変化することによる混乱が生ずることを、先進国政府や中央銀行は恐れているといえる。そのことが中央銀行のすばやい対応にはよく現れている。
 サブプライム問題の露呈はこのようなマネーの流れの変容を迫るものである。巨額の投資マネーを飲み込む別の場所が求められており、過剰化したマネーが、米国の住宅で起こしたようなバブル現象をほかのところで引き起こす恐れもある。国際的なマネーの動きを監視しようとする動きが高まるのも当然の結果であろう。
 
おわりに グローバル化効果と消費減退のいずれが勝るか
 これまで生産的投資が不十分だったにも関わらず、米国が高景気を維持できたのは、米国のグローバル企業がグローバル化の利益を享受してきたからであり、物価の上昇が抑えられ景気拡大が持続したからである。
 グローバル企業は、販路や生産のグローバル化によってその利益を安定化させる傾向がある。グローバル化では、1980年代後半以降、社会主義経済圏が相次いで市場主義経済圏に本格的取り込まれ、また1990年代後半以降は、BRICSと言われるような新たな経済圏(ブラジル、ロシア、インド、中国)の台頭が目覚ましいなど世界経済の環境変化をみる必要がある。これらの新たに台頭しつつある経済圏での投資や消費の活発化によって、世界経済は多極化の程度を深め、先進国では経済変動の振幅が小さくなっているとの指摘(great moderation仮説)もある。米経済の減速にも関わらず新興国が経済成長を維持できるというこの考え方はデカップリング(非連動)論とも呼ばれる。
 2007年7-8月の米貿易収支をみると国内消費が低迷するなかで、海外の景気回復を受けて食品、金属、民間航空機や通信機器などで海外輸出が伸びる傾向が見られた。またグローバル化では市場が国際化するだけでなく、生産をコストの低い海外に移転すること(オフショアリング)によるコスト削減効果(景気拡大にかかわらず物価が上がらないことによる好景気の持続)も知られる。
 このようなグローバル化の効果(需要の拡大効果)と、サブプライム問題による国内消費縮小の効果のいずれが勝るかが、当面の注目点である。グローバル化のコストを下げる効果についてはその限界が近い(インフレ傾向の発現から金融引き締めへ好景気期間の短期化)との理解もある。またこれまでアメリカの住宅金融に流れていた投機的なマネーが、どのような新たな投資の道を見つけてゆくのか(商品価格あるいは新興国株価の高騰など)も注目される。
米景気の悪化の深刻化・長期化とともに、内需主導と思われていた新興国にも影響が及び始めている。たとえばインドのIT産業は影響を免れないとか、中国でも投資やインフレの過熱を抑える金融引き締めが強化されざるを得ないほかに、貿易黒字縮小で海外からの資金流入が縮小するという見方である。このように再び米経済との連動性を高める新興国経済の動きはリカップリング(再連動)と呼ばれている。

この小文の参考文献は以下をクリックしてください。
文献

この原稿は外部に報告するために準備したものの下書きである。2007年11月頃よりネット上に公開している。印刷して公開したものとは記述に異同がある。
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