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Entrance for Studies in Finance

尹伯成《经济学基础教程》2017と井堀利宏『経済学が10時間で学べる』 2015

井堀利宏『大学4年間の経済学が10時間でざっと学べる』KADOKAWA, 2015 をただ読むのも作業としてつまらないので 手元の中国語の経済学テキスト(尹伯成《经济学基础教程》格致出版社,2017)の関心のあるところと対比して読んでみた。井堀の記述は経済学の講義を枝葉を取ると、どこまで単純化できるかを試みたもの。10時間で読める内容でレベルの高い学生に対しては失礼な言い方になるが、日本の学部学生が卒業後頭に残っているのはこの程度だろう。
対して尹(イン)の方は薄いが少しまともなテキストに見える。これはおおよそ中国の学部段階の経済学の教育水準を読み取れる資料と見た。

まず企業とは何か。井堀は労働者を雇用し資本設備を用い生産活動を行う経済主体であって、その目的は長期的な利潤の追求にあるとする。井堀p.46

尹の説明。ここで企業の組織形式を個人業(业主制),パートナー制(合伙制)、会社制(公司制)に分けている。会社制では株主は出資額までだけの責任を負っている。会社はその資産全体に責任を負っている。大規模生産であるが、一人一人の株主のリスクは分散されている。株式有限会社(股份有限公司)は大規模経営向きで、大量の資金を集めたり、市場リスクを分散する(この言い方はあいまい F)点で長所があるが、経営権と所有権とが分離する欠点がある。企業の経営目的は、利潤極大化と言えるが、その内容は、株主、経営者、授業員など立場によって違っている。また企業は,利益だけでなく、さまざまな社会的責任を負っている(商業道徳、従業員の健康、環境保護、資源の節約など)。尹 pp.30-31

所得や資産の格差をどう説明するか。井堀は所得格差を図示するローレンツ曲線(下方へのふくらみ具合をあらわすのがジニ係数)を説明する。格差の原因としては相続した資産の多寡。労働の質を変える教育水準(教育投資)の違い、肉体的精神的能力の違いを挙げている。景気の変動・病気・運不運など(本人の努力によらない格差については)、社会的公正の観点から所得再分配政策が必要としている。所得資産格差を縮小した方が、世代内の競争は活発化して経済も活性化する。ただし極端な再分配政策は、財産を残す意欲を損ない資産を浪費させるかもしれないとする。井堀 pp.72-75

尹も洛伦茨luolunci曲線 基尼jini系数を同様に説明する。貧困の定義としては、食品・衣服・住宅の平均的消費水準の50%に達しない家庭を貧困家庭だとする米国の定義を紹介している。少数民族や女性が世帯主の家庭に貧困家庭が多い。それは教育水準の低さがより高報酬の職業に就けない、失業する、といった問題の現れだとする。財産収入の不平等が収入の不平等の主要原因。ただ以上のような不平等は市場経済メカニズムの必然的結果であってそれを均等化するのは、人々の積極性・創造性を妨げ、経済の発展を妨げるとしている。尹 pp.69-71, esp.71 このあたり両者共に市場主義的だが尹の方が格差是正に否定的であるのは興味深い。

市場の限界をどう書くか。井堀はカルテルによる不当に高い価格の設定を市場の失敗に先立って議論している。市場を通さずの他の経済主体に悪い影響を与える外部不経済。外部不経済を内部化する必要があります。つぎに公共財(消費における非競合性+排除不可能性の2つの性質をもつ)を供給する政府の役割が論じている。井堀 pp.75-81

尹も垄断long3duan4を最初に問題にする。これは競争を制限し市場を支配する行為であるので、カルテルと同義といえる。つぎに外部影响。これを积极外部影响  消极部外部影响に分けて説明。最後の公共物品。これは政府が供給するとして、その特徴を、消费不具有排他性。供给不具有竞争性。pp.75-81  つぎに政府と市場という興味深い節が続く。まず資源配置は市場が決定するが、だからと言って政府が重要でないとはいえないとする。政府の役割。まず垄断や不正な競争を禁止、外部性(外部経済)の問題を解決、公共物品(公共財)を提供して、効率を引き上げること。つぎに税金や交付金などの仕組みを通じて、富や所得の格差を縮小し、社会保障・医療衛生・教育などを社会に提供すること。さらに財政政策貨幣政策を通じて経済を安定させること。最後に中国について政府の機能の低下や腐敗が、西欧諸国に比べて少ないとはいえない。その理由として、長期にわたる政府主導のため政府部門が大きいこと、権力が高度に集中され政府官員間の相互の牽制メカニズムが存在しないこと、多くの部門が公有制の主体となりそれが腐敗の原因になっている、としている。尹 pp.82-85, esp.84-85

失業の説明はどうか。井堀は非自発的失業についてのケインズモデル、新古典派の違いを説明しようとしている。ケインズにおいては有効需要の創出によって、完全雇用を達成することが必要だと考えますが、新古典派の場合は、貨幣賃金率の調整で完全雇用が実現する。そのほか循環的失業、構造的失業を説明している。おもしろいのは長時間労働の説明。人的投資の回収になっており、長期的な雇用関係を前提にしていると。企業側からは不況時の雇用の維持。労働者にとっては不況に備えた生活費の蓄え。それを可能にするしかけになっているので解消されないのだとしている。井堀 pp.188-199

尹はケインズの非自発的失業(凯恩斯kai3ensi的非自愿失业shi3ye)を説明したあとにフリードマン(弗里德曼fulideman)の自然失業率を説明。さらに1970年代に合理的期待形成学派(理性预期学派)が生み出される一方、こうした観点をも取り込む形で新ケインズ主義が生み出されたとします。つまり政府の市場への関与を徹底して否定する経済自由主義の主張と、政府の市場への関与が必要で有効だという主張とが、並立した状態にあると説明しています。議論を進める中で、摩擦性失業、季節性失業、周期性失業など様々な失業の種類分けをしています。またフィリップス曲線(菲利普斯feilipusi曲线)や、ビルトインスタビライザー(自动稳定器),乗数の説明も行われている。尹 pp.128-142,esp.135

経済成長をどう考えるか。井堀は内生的成長モデルに言及しているが、ほとんど説明していない。井堀 pp.212-213 労働と資本の投入量 それぞれの生産性の変化が問題であることはわかるが、そこから先の記述がない。簡単な本であるので仕方がないがこの簡略化は残念。

他方、尹の経済成長に関する記述で特徴的なのは、人口成長率の過大であることを問題視する視点であり、人的資本への投資を高め一人当たり収入を増加させるためにも、人口成長率を統制するべきだという議論である(この記述は中国で人口の減少が話題になり、一人っ子政策がふたりっ子政策に変わったことからすると変である。人口とくに生産年齢人口は、経済成長にとりプラス要因だという頭が私たちにはあることからするとなかなか呑み込めない)。時間の経過とともに、生産年齢人口が増えてゆく人口ボーナス=人口红利という現象が、中国の経済成長を支えたことへの言及がない(また尹は、都市と農村との関係も記録していない。農村から都市への出稼ぎや人口流出が都市の成長を支えたこと。農村や農業の問題も言及されていない。)。人口ボーナスが消滅し、むしろ生産年齢人口が減少に入り、中国が今後急速な高齢化により年金や社会保障費の増加で苦しむであろうことも指摘されず、ただ中国は人口の統制面で括目されるべき成果を上げたとしている。この尹の記述は、最近の問題が欠けておりかなりの違和感を感じる。pp.146-151, esp.151

尹は、中国の当面する経済成長問題である「中等収入陷阱xianjing」に正当にも言及している。これは一人当たり所得がある水準を超えると、経済成長がそれまでのように順調ではなくなることを指している。尹 p.151(おそらく所得の上昇によりそれまでの人的コストの安さに依存した輸出依存型経済が限界に達するのであろう)中国もそこに達したのではないかという議論である(その意味でこの議論は先ほど述べた人口ボーナスの消滅問題と裏表の関係にある)。尹の記述をみると、産業構成の高度化が必要であること、貧富の格差拡大が国内消費の拡大を妨げるといった視点がみられる。これらの指摘は間違いではないものの、もう少し輸出依存型から内需依存への転換を強調したり、環境資源に配慮した省資源型成長への転換が強調される(cf.国家行政学院经济学教研部编著《中国经济新常态》人民出版社,2015年,27)と、私などはより共感できた。なお尹は、環境資源の制約を議論する持続的経済成長(可持续发展kechixufazhan 循环经济xunhuanjingji)については、経済成長を議論する前のところで論じている。尹 pp.146-147

  


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