Entrance for Studies in Finance

金融規制の包括的見直し(2009年夏)

金融規制の包括的見直し
福光寛(Fukumitsu, Hiroshi)

80年ぶりの抜本的改革ともされる米国の金融規制改革案が2009年6月17日に発表された。その内容を簡単にレビューしたい。
Comprehensive plan for regulatory reform, June 17, 2009
ブルームバーグ報道 2009年6月18日
この発表時点でポイントとされた点は私見では以下の3点である。
●大手金融機関の監督一元化(縦割りの規制を見直し重要な金融機関については一元的に監視監督する)
●資本に対する資産の倍率=レバレッジ倍率の上限規制と厳格化
●金融機関に対する自己資本規制を厳格化と資本の質の向上(普通株を中心にするコア自己資本)
2010年7月に成立した金融規制改革法でこれらの点は概ね実現している。

 最初は、大手金融機関の監督一元化(縦割りの規制を見直し重要な金融機関については一元的に監視監督する)である。
 →2008年9月のリーマンブラザースやAIGの経営危機が与えた影響を反省して大手金融機関の監督一元化踏み込むことになった。
 FRBの監督権限を強化する。銀行だけでなく証券 保険 ノンバンクも。金融大手への監督権限をFRBに一本化する。また金融監督協議会を創設し貯蓄金融機関監督局(OTS)は廃止する。(このほかヘッジファンド 連結対象外の投資業務のための会社SIVなどが検討課題)
 →一定規模を超えるヘッジファンドについては、SECへの登録と情報開示を求める
 →簿外のSIVが国内規制の抜け穴として利用された。SIVを使い短期資金が動員されてレバレッジ規制(20倍まで)といった規制の抜け道がつくられた。簿外取引をバランスシート取引に戻す工夫が求められている。(バーゼル銀行監督委員会でも同様の検討が進んでいる)

 このほか
 業務隔壁(fire wall)を強化する。具体的には銀行の傘下証券への融資制限、傘下証券との取引に担保を積むことなど。これは1997年の規制緩和を方針転換することを意味するが、転換見直しがどこまで広がるかが注目される。
 →日本では2007年金融審議会答申により2008年6月に、銀行と証券の間で取引先企業(法人顧客)の内部情報の共有ができるように規制を緩和した(法人顧客情報の共有の解禁)。これまでは、共有には同意書が必要だったが(オプトイン)、今後は拒否の意志表示がなければ原則的に共有できる(オプトアウト)。また役職員の兼務を認めた。日本政府(金融庁)は、銀行の優越的地位の乱用、顧客利益との相反など多くの懸念を、現状は欧米の金融機関に比べて競争面で不利だとして押し切った。
 また  
 金融消費者金融保護庁の設立
 店頭デリバティブ取引・証券化の規制強化。具体的には、証券化商品を組成したり販売したりする金融機関が、一定の損失リスクを負い続ける 債権の5%を金融機関に保有させるなど。
 さらに
 大手金融機関を迅速に破たん処理する制度を創設
 国際的金融規制・監督で各国と協調

 今一つの焦点は、資本に対する資産の倍率=レバレッジ倍率に上限を設ける点にある。これはこれまでも規制自体はあったが多くの抜け穴があった。たとえば簿外取引、あるいはトレーディング勘定などが抜け道になっていた。これまで銀行に比べ監視が緩い証券会社やファンドが負債をテコに過剰投資に走っていた。これらの抜け穴をいかにどれだけ塞げるかが課題である。
 →背景にはレバレッジをきかした自己勘定投資が行き過ぎたという反省がある(リーマンの場合、レバレッジ倍率は2003年末の23倍が2007年末には30倍になっていた)。
 →信用リスクの判断に格付けを用いる仕組みが裏目に出た。
→投資銀行には顧客の依頼を受けて行うエージェント業務と、自らリスクをとって行うプリンシパル業務とがある。投資銀行の収益が自らリスクをとるプリンシパル業務に過度に傾斜したという反省もある。このような行き過ぎの是正が今後進むと見られる(参照 御立尚資みたちたかし「投資銀行は原点回帰へ」『日本経済新聞』2008年10月17日)
 →トレーディング勘定は流動性の高い商品を短期で売買するという前提で規制がゆるかったが、投資銀行はここで借入で資産規模を膨らまして、低流動性商品に投資した。トレーディング勘定に対する規制強化が課題になっているといえる。
 →トレーディング勘定に対する規制強化で外資による日本の株式取引は縮小する可能性が高く、規制強化の影響は日本にも及ぶとされている。
 →これまで規制がゆるかったことを利用して拡大してきた投資銀行の優位性が規制強化で失われ、商業銀行と投資銀行の一体化が進むと思われた。しかし実際にはもっと劇的なことがすでに生じている。投資銀行の消滅である。
 以下その経緯を説明する。
 発端は2008年3月のベアスターンズの経営破たんでこのとき、ベアスターンズにはFRBが300億ドルの救済融資を行い、JPモルガンチェースが株式交換方式でわずか2.36億ドルでベアスターンズを救済合併する。そのご褒美なのか、2008年10月の公的資金投入ではJPモルガンチェースに250億ドルが注ぎ込まれる。
 他方で2008年9月15日にリーマンブラザースが公的支援を受けられないまま破綻させられ消滅する(韓国産業銀行による出資交渉に対してポールソン財務長官は公的資金の投入を一貫して拒否してリ-マンを破綻に追い込み、世界的金融危機の引き金を引く役割を演じた)。全く同じ日にメリルリンチはバンクオブアメリカにより買収される(440億ドル)。またAIGへの救済が決定される(当初850億ドル その後11月には約1500億ドルに拡大)。
 その後、メリルリンチを救済したバンクオブアメリカには2008年10月に250億ドル、翌1月にさらに200億ドルの際立って巨額の公的資金の投入が行われている。
 ゴールドマンサックスとモルガンスタンレーシは2008年9月に金融持ち株会社への転換を行った。これには翌月の公的資金の受け入れを可能にする狙いがあったと思われる。ゴールドマンサックスはまず100億ドルの増資を行いその半分をウオレン・バフェット氏に仰いだ。そしてさらに公的資金100億ドルを受け入れた。これに対してモルガンスタンレーは三菱UFJから90億ドルの出資を受け入れ、さらに公的資金100億ドルを受け入れた。
 このようにして半年ほどの間にアメリカから投資銀行というビジネスモデルが消え去ってしまったのである。 
 
 そして3点目は金融機関に対する自己資本規制を厳格化、そしてあわせて資本の質の向上(普通株を中心にするコア自己資本)である。
 英FSAはコア自己資本4%を要請 米FRBもストレステストで4%を目安とした。また大手の金融機関にはさらに厳しい12%程度の規制をかける案も出ている。

 バーゼル銀行監督委員会では以下の点が議論されている。
 ①自己資本の質の改善 コアとして議決権のある普通株と剰余金。優先株や優先出資証券を除く。(→2009年夏にすでに市場は狭義の自己資本比率で最低4%を求めつつある)
 ②好況時に比率を上げて上積させる(景気拡大期に多額の自己資本の積み増しを求め、景気後退期には資本規制を緩める可変的規制の導入、別の視点からすると拡大期・後退期を通じた損失額に対応した必要準備額を設定することdynamic provisioning 景気変動増幅性pro-cyclicality批判へ配慮) 
 しかし最低自己資本比率を上げて達成できなければ配当制限など監督強化という強硬論もある
 ③補完的基準として資産を自己資本で割るレバレッジ比率(たとえば25倍程度)を導入する
 2009年9月下旬の20ケ国地域首脳会合(G20)までに方向性を出したいというのが事務局サイドの意向とされる。

 →日本の銀行は普通株が薄く、優先株などに頼っている。質(コア自己資本Core Tier 1)に加えて、量の面でも(8%から12%へ)日本のメガバンクが追い詰められ、大幅な資産圧縮が懸念される。また政策保有株は資産価値変動リスクとなっている。
 →自己資本比率規制の強化により日本の銀行は、国内融資の縮小に追い込まれる可能性が高い。
→もっとも自己資本規制が景気循環の振幅を増幅させたとするプロシクリカリティの議論と自己資本の質や自己資本比率引き上げなどの議論は矛盾している。 
 →同じことが時価評価の厳格な適用の是非の議論にある。市場での売買が活発でなかったり流動性がないとき(実際には売買できない)に、時価採用に疑問。時価会計を停止して理論値を採用するという考え方が広がっている。

 日本の現状は
 短期的な売買目的の有価証券 → 貸借対照表 損益計算書に影響
                 2001/03期から時価評価が義務化
 持ち合い株式など投資有価証券→ 貸借対照表に影響させる 
                 著しく下がると全額損益処理
                 時価が簿価を5割以上下回った場合
                 3割未満は貸借対照表にのみ反映
                 3割以上5割未満は銀行が選択   
 子会社株など        → 取得原価のみ時価評価しない
 企業買収時の評価損・評価益

預金保護策の拡大
 ところで今回、預金保険制度:保険料引き上げは困難な中、預金保護拡大策は延長された。アメリカでは預金保険料について2007年1月より4グループに分けて可変的保険料が導入されている。FDICの基金により、全預金に対して1.15%の資金確保が義務付けられているが、08年1-3月で1.19%まで低下して問題になっている。2008年1年間で25行が倒産したが、09年1-4月で33行が倒産している。
 FDICは不足資金を財務省からの借入で賄っている。2009年5月11日の予算教書でオバマ政権はFDICの財務省からの借り入れ枠を現行の300億ドルから1000億ドルに拡大することを提案した。背景には預金保護の財源が乏しくなるなか、預金保険料の引き上げには銀行の抵抗が大きいこと、また銀行の体力が弱っていることがある。

 その後、2009年5月20日に成立した関連法案により、オバマ政権は、借入枠の拡大(2010年までは5000億ドル)と、預金保護拡大の延長とを決めた。すなわち2008年秋の金融安定化法で導入された保護上限の拡大措置(10万ドルを25万ドル 2009年末まで)を2013年まで延長することにした。このような臨時措置が今後どのようなタイミングで解除されるのか、あるいは継続されるか、これはその財源と合わせ注目される点である。

Written by Hiroshi Fukumitsu.You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
Originally appeared in Aug.17, 2009.
Corrected and reposted in July 24, 2010.

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