風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

大原美術館

2006年10月22日 | 出会った人
      大原美術館
久しぶりに大原美術館のサイトを覗いて見ました。
盛りだくさんの資料館のようになっていました。

両親が亡くなって実家も整理されてしまった後も、お墓参りにいったら必ず時間を作って美術館あたりを散策しました。
美術館の前を流れる倉敷川を挟んだ向かい側には、父の職場もあり、懐かしさで一杯になるところです。

美術館の入り口には、カレーの市民 と 洗礼者ヨハネが出迎えてくれます。

アニエールの街路は、ユトリロの作品だと覚えていたのですが、今日サイトを見てラファエロと記述があり、どこでどう間違えたか(^_^;)

大原と言えば「受胎告知」です。作者のエルグレコの名前の付いた喫茶店が美術館の隣りに有るくらいです。
板張りの床のシックなお店です。

近くに住んでいたころは、その店は入ってみたいなぁだけで終わったのです。
高校生のときは、友達とどきどきしながら初めて入ったときは、感激でした。
田舎町に住む高校生にとっては、喫茶店なんて、まだまだ、めったに入れるところでは有りませんでしたし、小さいころからの憧れの店でしたから、晴れ舞台のようなものです。
美術館の館員さんや、エルグレコのウエイトレスさんまでもが、特別な違う世界に生きている人のように思えました。

コメント

お母さんになったザザ

2006年07月09日 | 出会った人
  ザザに会ってきました




初めてなのに、しっかり母親してました。
かいがいしく世話をし、赤ちゃんが眠ったら、しばらくは、箱から出て休息。
授乳中は、ゴロゴロ喉をならしています。まだ目の開かない赤ちゃんに乳房のありかを教えているんでしょうか?
私に抱かれても、ゴロゴロ鳴らしてますが、それとこれとはどう違うの?
夜中には、雨にもかかわらず外に出て、活躍しているようです。
そして、何時も可愛がってもらっている牧民さんのところにも、律儀に顔を出しているみたい。
明け方に帰ってきて、私の足元の毛布の上で体を嘗め回して乾かしてから、赤ちゃんのいる箱の中へと入っていきました。
出産に続く子育ては、体力勝負。心なしか、前回お腹に居るときより毛艶が落ちて、毛並みも荒れているような気がしました。
親子共に、健やかにと祈るばかり。。。


コメント

訃報

2006年05月17日 | 出会った人

            日本のご自宅での花 
            鮮明な写真がなくてごめんなさい


 彼女は、お父さんお母さんに娘のように可愛がられ、私たち夫婦にとっても、まさしく知り合った人と言えるような存在です。
日本からモンゴルに一緒に来て、若返ったように元気になって10ヶ月を過ごしたのです。
お父さんお母さんと一緒に、モンゴルの西と北の一帯を3週間の車での旅をしたりもました。
同じ敷地内のアパートに住み、娘たちと鼓太郎を日本に残してきた私たち夫婦をほんとに慰めてくれました。

先週末からなぜか思い出し、お母さんにメールをしたところでした。
今日、届いたメールに先週の火曜日、旅立ったとありました。
13歳の大往生でした。

奇しくも、今日は、友人の息子さんの早すぎる旅立ちの5回目の命日です。彼女と二人で、献杯いたしました。

花、安らかに眠ってください。
お母さんの、寂しさを思うと、どのように慰めてよいやら分かりません。

コメント (2)

ボロルマーさん

2006年04月13日 | 出会った人
近所のサクラ ベーカリーで、ボロルマーさんと言う人に会いました。
SAVE THE CHILDRENのドギーさんの友だちですと言って、突然昨日電話がかかってきました。

とても、丁寧な礼儀正しい方で、達者な日本語を話すことの出来る人です。
会ったことも、聞いたこともない人からの突然の電話には、不安感を伴うはずですが、そのようなこともなく、お話を最後まで聞く気になりました。
JICAの面接を受けるについて、助言をして欲しい、そして、教育担当なので、資料があったら見せて欲しいと言うことでした。
どんなに礼儀正しい人でも、初めての人に資料を欲しいと要求するのはモンゴル人らしいと思いました。
教育の専門家ではないし、資料は上げられませんからお役に立てないと思いますと言ったら、あわてて、日本語の手助けだけでもして欲しいと頼まれました。

初対面の人ですから、日本人経営者の「サクラ」で会うのは安心です。

そして、モンゴルで「困ったときの金井頼み」で、親しいお友だちの金井さんに我が家で昼食をした後、あ・うんの呼吸でサクラに一緒に行ってくれて、隣のテーブルで本を読んでそばに居てくれました。

時間通りに来たボロルマーさんは、電話での印象どおりの人でした。
面接のときの自分の情報、言いたいこと、自分の教育に対する考え方など、ちゃんとメモをしてきて、ャCントを押さえた質問でした。

31才の彼女は、JICAシニアの通訳の経験、フィールドワークの地質調査に伴って通訳をした経験もありました。
教育に関しては、格差があることそれには、教師の質を上げねばならないと考えていると話ってくれました。
久しぶりの日本語にときどきつっかえながら、一生懸命に話す様子は、今まで会ったモンゴルの人とは違った印象でした。

彼女の言葉をチョコチョコと訂正したり、言葉に詰まったときヒントあげる程度で、立派に通用する日本語を話せる大人の女性と見受けました。

ボランティアにも興味があり、私の手助けもしたいと言ってくれました。
まじめに仕事をして、家族をきちんと世話してからボランティアですよ、と言ったら、彼女は、仕事をしたら、時間がないので、出来ません。ですから採用されなかったら、ボランティアをしますと切り替えしてきた。
なるほど、そうですね。と、ここで、二人が出会って初めて笑いました。
笑うと可愛い人です。

コメント