日本一の東大理Ⅲ合格数・率を誇る鉄緑会の創立者和田秀樹氏によると❝東大理Ⅲに行って起業しようとか、文Ⅱに行って経済を学ぼうという生徒は鉄緑会にはほとんどいない。宿題があまりに多すぎて、日経新聞や日経ビジネスを読む暇はないから。受験勉強も大事だけど、世間のこともある程度知って、自分に合った進路を考えておくべきだと思います。❞だそうです。日本全体でも、大学受験勉強に力を注ぎ過ぎ、入学が目的になってしまっている。本末転倒です、一日でも早く、超有名大学進学は人生の安泰を絶対保証しているものではなく、目的のための手段の一つと認識すべきでしょう。
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受験競争で上位100番までに入る英才たちを独占する東大医学部。だが、彼らに限らず、超エリート高出身の学生たちからは、「知的立国日本の将来を背負う」という気概が伝わってこない。大国・中国が世界の覇権を握ろうとする中で、日本の教育はどうあるべきなのか。また、超エリートたちに我々は何を期待すべきか。
東大医学部OBで受験のカリスマとしても知られる精神科医・和田秀樹氏と、ジャーナリストの鳥集徹氏が語り合った。
東大医学部で才能がスポイルされる
鳥集 そもそも、理Ⅲをめざす生徒たちは、医学部に入ったらほぼ臨床医になるしかないのに、自分が東大医学部に入ったらどんな勉強をするのか、どういう道が待っているのか、想像できているのでしょうか。
和田 想像できてないでしょうね。医学部に行きたいのなら、将来どんな勉強をして、どんな道に進み、どんな問題があるのか、知っておいたほうがいいと思います。そうでないと理Ⅲに受かっても、東大医学部の中で才能がスポイルされてしまう。ところが、理Ⅲに行って起業しようとか、文Ⅱに行って経済を学ぼうという生徒は鉄緑会にはほとんどいない。宿題があまりに多すぎて、日経新聞や日経ビジネスを読む暇はないから。受験勉強も大事だけど、世間のこともある程度知って、自分に合った進路を考えておくべきだと思います。
鳥集 九州のラ・サール(鹿児島県)や久留米附設(福岡県)も、東大合格者が減って学力が落ちたみたいに思われている。でも、実はそうではなくて、地元の鹿児島大学や九州大学の医学部に行く人が増えているんです。そうした進学校では、以前は東大に行くことが目標でしたが、今は医学部をめざす人が本当に多くなりました。
文Ⅰの人気も落ちている
和田 実は、灘(兵庫県)をはじめ西日本のエリート高校は、もともと医学部志向がすごく強いんです。東京にある開成とか筑駒なら、身近に外資に入って成功した人や官僚になった人がいる。だけど、関西や地方に行けば行くほど、医者以外に成功者がまわりにいない。だから医学部信仰が強いんです。
長崎の佐世保で大成功したジャパネットたかたの社長みたいな人もいるけど、地方で起業して成功できる人がほとんどいない。
鳥集 昔は東大の文Ⅰも人気がありました。法学部を出て官僚になり、国を導くという夢が若い人たちにあったんです。ところが今は、官僚になっても政治家やマスコミに叩かれるばかりで、自由に天下りすることもできない。もちろん、不正や利権を放置してはいけませんが、仕事のモチベーションは下がるでしょうね。また、法学部に行けば司法試験を受けて弁護士になる道もありますが、司法改革で法曹の数を過剰に増やしてしまったために、昔ほどは稼げなくなった。こうしたこともあって、文Ⅰの人気が落ちているとも言われています。
“東京の金持ち”は慶應幼稚舎に入れたがる
鳥集 理Ⅲや文Ⅰに入れるような英才の中から、多くの患者を救う医学研究者や、立派に国を導いてくれる官僚や政治家が出てくれないと、私たちは困るのです。ところが、同じ世代の100人に1人もいないような英才たちを、東大は活かしきれていない。そもそも私が子どもの頃は、「日本は戦争に負けて資源もないから、知的立国や技術立国にならないと、国際社会で生き抜いていけない」と言われていました。ところがバブル崩壊以降、日本の国力は落ち続け、いまや中国に抜かれて太刀打ちできない。
和田 そうです。世界の大学ランキングを見ても、日本は中国やシンガポール、香港の大学に負けている。中国の大学に抜かれた時点でもっと危機感を持たなきゃいけないのに、受験勉強をしたことのないような世襲の政治家ばかりになってしまったせいか、誰も問題だと思わない。
それに東京の金持ちって、みんな慶應幼稚舎に入れたがるでしょ。慶應幼稚舎なら受験で苦労しなくてもエスタブリッシュメントの友だちができるから、東大に入れるよりいいと思ってるんです。だったら、こき使う側と友だちになったほうがいいという発想なんですよ。地方に行ったら行ったで、教育熱はガタ落ち。東京に勉強にやったら田舎には帰ってこないですから、田舎の大人たちは自分の子どもたちを東京の大学には行かせたくないんです。
恐ろしい勢いで国力が転げ落ちている
鳥集 資源もない日本がこれからどうなっていくのか、子を持つ親としては本当に不安です。知的な活動で価値を生み出さなければ立ち行かない国であるはずなのに、国の将来を見据えた教育が考えられていない。
和田 30年前とか40年前は、日本の中卒や高卒の人の優秀さは世界一だったんです。だから日本は故障のないものを作っていた。ところが私は今、日本製のスマホを使っていますが、故障だらけです。恐ろしい勢いで国力が転げ落ちている。
鳥集 私もそう教わって育ちました。私の子ども時代も、日本が敗戦でゼロになったという空気がまだ残っていました。敗戦のとき小学校6年生だった父親も、日本が焼け野原から這い上がっていくのを見てきた。それに父親は、本当は大学に行きたかったけど、家が貧しくて高校中退せざるを得なかった。だから、自分が行けなかった悔しさを息子にぶつけて、「勉強しろ」とよく言われました。いずれにせよ我々の子ども時代までは、自分の知識や技術でこの国を背負っていくという気概があった。でも、今の親や子どもたちがそれを持っているのか疑問です。
和田 イギリスの社会学者で知日派のロナルド・ドーアも書いていますが、昔は、小説家の松本清張なんかのように、家にお金がなくて尋常小学校しか出ていないけど、頭のいい人がいっぱいいた。ノンフィクション作家の佐木隆三も、高卒で八幡製鉄に入って労働組合の活動をするわけですが、「そこが自分にとって大学だった」と書いています。そういう大学を出ていない優秀な人たちが一流大学を出た役員たちとやりあって、議論で打ち負かしていたんです。
みんなが勉強して高め合って、議論して知恵を出し合う社会が理想なのに、今は経済格差もひどくなった。都会で裕福な人たちは子どもの教育にお金をかけられるけど、経済的に苦しい人たちや地方に住んでいる人たちはそれができない。二極分化していることも問題です。
東大教授になったら「勝ち」ではない
鳥集 幼児の頃から教育にたくさんお金をかけてもらって、東大をはじめ有名大学に入る経済力のある家庭の子どもがいる一方で、食べていくのが精いっぱいで、子どもの教育に十分なお金をかけられない人たちもたくさんいます。コロナ禍の影響もあって、経済格差がますます広がっている。そうした社会問題を解決するためにも、東大医学部に入れるような能力のある方々には、知恵を出していただきたいですね。
和田 東大理Ⅲに入った100人をなぜ大事にしたほうがいいと私が言うかというと、100人が社会の指導者になって、やっぱり頭のいい人はすごいなと世間が思うようになってくれれば、みんな勉強するようになると思うんです。
ところが、東大医学部の中に、教授になってから何か変えてやろうという人がいない。なぜなら、東大教授になることが目的で、東大教授になったら「勝ち」だから。「教授になったら、俺はこんなことするぞ」という志のある人は教授になれない。そういう人たちは、現役の東大医学部教授にとっては、権威を脅かす存在でしかないから。そこが一番の大きな問題だと思うのです。
鳥集 まるで平安貴族というか、現代の藤原氏といった感じですね。「受験界の頂点だから」「医者なら食いっぱぐれがないから」といった理由ではなくて、日本の将来のためにも、こうした旧態依然としたシステムを変えてやるという志のある人に、東大理Ⅲをめざしてほしいと思います。