経済が好調で、次期米大統領が減税と関税を約束する中、当然ながら投資家やエコノミストはインフレ再燃の可能性を警戒している。だが残念なことに、一般的なインフレヘッジの一つであるコモディティー(国際商品)の購入、特に原油の購入は通常よりも防衛効果が低い。
よく知られている二つのインフレリスクに、供給ショックと需要の急増がある。中東での戦争はエネルギー供給を脅かす可能性がある。その一方で、ほぼ完全雇用の経済にある中での減税は物価を押し上げるはずだ。
だが、インフレへのさらなる脅威はどちらのモデルにも当てはまらない。関税と不法移民の強制送還はどちらもインフレを押し上げる可能性が高く、経済にも打撃を与えるだろう。ゴールドマン・サックスの資産配分調査責任者、クリスチャン・ミュラーグリスマン氏は「コモディティーはそうしたことから身を守ってくれない」と話す。
この問題は米大統領選後の値動きにすでに表れている。今後5年間の投資家のインフレ期待を示す指標「ブレークイーブン・インフレ率(BEI)」は、ドナルド・トランプ氏の勝利を予想してすでに上昇していたが、選挙結果を受けて約1年ぶりの伸びを記録した。
一方で、金(ゴールド)、原油、銅は軒並み値下がりしている。インフレヘッジ機能を失ったのだろうか。この答えを出すには、三つの異なるインフレ要因について考える必要がある。
第一に、原油だ。確かに原油が、インフレ高進の最も一般的な要因の一つ、すなわち中東の石油施設が攻撃を受けたことによる原油価格高騰に対して、ヘッジ機能を果たしてくれるのは間違いない。しかし、そうしたインフレは格段に起こりにくくなっている。世界の原油供給ショックは、大規模な在庫と過剰生産能力、そして米国が純輸出国になったことで緩和されており、1970年代のインフレ時代と比べて大きく変化している。イスラエルがイランやその代理勢力との戦いを激化させても、原油価格は1バレル=70ドル前後で推移している。
原油価格のほか、トランプ次期大統領の「ドリル・ベイビー・ドリル(掘って掘って掘りまくれ)」という公約や、石油・天然ガス採掘企業の経営者をエネルギー長官に指名したことは、米国でも価格に下押し圧力がかかることを示唆している。
第二に、より力強い経済成長だ。これもインフレを押し上げるはずだ。通常、原油と銅は需要が増加するため、成長主導のインフレに対するヘッジとして適している。しかし、関税による米中経済のデカップリング(切り離し)がこの効果を妨げる可能性がある。中国は原料需要の最大の源だが、米国の力強い成長の恩恵をあまり受けないかもしれない。もしくは、まったく受けない可能性もある。
第三に、トランプ氏が掲げる関税と移民の強制送還計画だ。どちらもインフレを加速させる可能性がある。
関税はインフレに複雑な影響を与える。すぐに表れる影響としては、売上税と同様に物価を上昇させ、ドルを押し上げることだ。長期的には、増税と同じように経済を減速させ、インフレ圧力を弱めるはずだ。この複合的な影響は、短期的なインフレ期待の上昇となって表れているが、今後5年を超えるインフレ期待にはほとんど変化がない。
このような動きから身を守るのは難しい。関税は原油や工業用金属の助けにはならず、貿易戦争が世界経済の弱体化、ひいては需要の減少をもたらす恐れがあり、むしろ悪影響を及ぼしかねない。金も苦戦する可能性がある。関税がドルを押し上げれば、金価格は下落し、(金価格の押し上げ要因である)利下げの可能性も後退することが多いからだ。
新政権が何百万人もの不法移民を強制送還すれば、企業は低賃金の労働者の代わりを確保しようとするため、最低賃金労働者の賃金は確実に上昇する。貧困層は所得の全てを消費する傾向にあることから、そうした賃上げは支出を押し上げるだけでなく、企業によるコスト上昇の転嫁や消費拡大に伴う新たな需要創出という経路で、物価に波及するはずだ。これもまた、原油や銅とは異なるタイプのインフレだ。
不法移民労働者への依存度が最も高いのは農業であり、食品価格が最大の影響を受けるとみられる。そのため、農産物の先物がヘッジ手段となる可能性がある。だが農産物の先物相場は変動が激しく、各作物の詳細を理解する必要があるため、臆病な人向けの市場ではない。
確実に機能するインフレヘッジは、米物価連動国債(TIPS)だ。TIPSはインフレに連動したリターンを保証する。ただしそれは、満期まで保有した場合に限る。2022年のように、突然のインフレショックが金利上昇につながれば、TIPSは実質金利(利回り)上昇の影響を受け、価格が下落する可能性がある。
新型コロナウイルス流行後のインフレ時と比べ、TIPSは現在のほうが魅力的に見える。スタート時点の利回りがはるかに高いためだ。しかし、フィデリティ・インターナショナルのマクロ・戦略的資産配分部門グローバル責任者、サルマン・アフメド氏が指摘するように、TIPSは突然のインフレ高進よりも、数年間にわたる高インフレから身を守るのに適している。
以上のことが、さもなければ強気のポートフォリオをインフレから守ることを難しくしている。TIPSの満期保有は理にかなっている。金はスタグフレーションに対する緩衝材となる可能性があるが、最近の相場は米国以外の中央銀行の需要に左右されており、インフレとは無関係だ。アフメド氏は、原油価格に本物のショックが起きれば急伸する可能性があるため、エネルギー銘柄をいくつか保有することを選好すると話す。
他の多くのことと同様、トランプ氏はポートフォリオのインフレ防衛にも不確実性をもたらしている。日本人にとって生活に直接影響を与える食糧品等の値上げは応えるはずだ。
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