現代の日本人には『あの世』の存在への感覚が戻ってきています。
統計数理研究所『日本人の国民性調査』(2008年)では、『あの世』を“信じる」という人は1958年の平均20%から50年を経て2008年は平均38%へと倍増しており、特に20歳代では49%と半数が「信じる」としています。
あの世の存在を信じるという気持ちは「いのち」への深い愛情と惜別の念なくしては生じえません。こう考えれば日本人、特に若者に「いのち」への深い愛情が戻ってきつつあるといえるのではないでしょうか?
もともと人類はあの世の存在を当然のこととしてきました。聖書やコーランを待つまでもなく、世界の古典そのものが「あの世」の存在を前提にして成立しています。プラトンの「国家」、ダンテの「神曲」、ゲーテの「ファウスト」、シェイクスピア「マクベス」など『あの世』の確信なしにはできない作品です。
古来、日本人もあの世の存在を確信し死者を手厚く葬ってきました。
古事記では伊弉諾が黄泉の国の伊邪那美を訪ねた有名な件がありますが、あの世の存在は常識でした。縄文墓の周辺にも葬送儀式を伺わせる土器類が多く発見されています。その後各地につくられた古墳と銅鏡などの副葬品も葬送祭祀を前提にしたものです。日本人のご先祖は何千年も『あの世』と共に生活してきたのです。
しかし長い間、庶民の死体は遺棄されきちんとした葬儀はしてもらえなかったようです。鎌倉新仏教は葬式仏教としてこうした庶民の願いに応えていった面を持っていました。禅宗、時宗などでは寺で火葬場を運営していましたし、各地の寺院の開創年代が最も多い時期は十六世紀後半から十七世紀前半にかけてでありそれはこうした庶民からの葬送要求の高まりによるものであるとする研究結果もあります。
南北朝期には十三佛信仰が定着し、初七日から三十三回忌までの供養が行われるようになりました。地蔵菩薩本願功徳経には「身死するの後、七七日のうちに広く衆の善を造らば諸々の衆生をして永く悪趣をはなれしめ、人天に生ずることを得て勝妙の楽を受けしめ、現在の眷属は利益無量たるべし。命終わるの日に臨みて、一佛名、一菩薩名、一辟支仏名を聞くを得れば罪あると罪なきとを問わず悉く解脱を得べし」とあり、大灌頂経には「・・尊経を転読して三七日を迎うべし。然るゆえんは命終の人、中陰の中にありて身小児の如し、罪福いまだ定まらず、まさに為に福を修すべし。願わくは亡者の神、十方無量の刹土(浄土)に生じ、この功徳を受けて必ず往生せしめん」とあります。中陰とは中有にある五陰のことで死んで後次の行先の決まるまでの四九日間のことを言います。この間は遺族が良い香りの香を焚き、追善供養により故人の霊位を上げることに努めるべきとされます。
「往生要集」には「それ往生極楽の教行は、濁世末代の目足なり。 道俗貴賤 たれか帰せざるものあらん・・」とあります。源信僧正はあの世の存在を前提に極楽往生が人生最大の目的である、といっておられるのです。
・最近では死後の世界を否定する考えもありますがこれは弘法大師の「秘蔵宝鑰」では「異生羝羊心」といい動物並みの考えとされています。
統計数理研究所『日本人の国民性調査』(2008年)では、『あの世』を“信じる」という人は1958年の平均20%から50年を経て2008年は平均38%へと倍増しており、特に20歳代では49%と半数が「信じる」としています。
あの世の存在を信じるという気持ちは「いのち」への深い愛情と惜別の念なくしては生じえません。こう考えれば日本人、特に若者に「いのち」への深い愛情が戻ってきつつあるといえるのではないでしょうか?
もともと人類はあの世の存在を当然のこととしてきました。聖書やコーランを待つまでもなく、世界の古典そのものが「あの世」の存在を前提にして成立しています。プラトンの「国家」、ダンテの「神曲」、ゲーテの「ファウスト」、シェイクスピア「マクベス」など『あの世』の確信なしにはできない作品です。
古来、日本人もあの世の存在を確信し死者を手厚く葬ってきました。
古事記では伊弉諾が黄泉の国の伊邪那美を訪ねた有名な件がありますが、あの世の存在は常識でした。縄文墓の周辺にも葬送儀式を伺わせる土器類が多く発見されています。その後各地につくられた古墳と銅鏡などの副葬品も葬送祭祀を前提にしたものです。日本人のご先祖は何千年も『あの世』と共に生活してきたのです。
しかし長い間、庶民の死体は遺棄されきちんとした葬儀はしてもらえなかったようです。鎌倉新仏教は葬式仏教としてこうした庶民の願いに応えていった面を持っていました。禅宗、時宗などでは寺で火葬場を運営していましたし、各地の寺院の開創年代が最も多い時期は十六世紀後半から十七世紀前半にかけてでありそれはこうした庶民からの葬送要求の高まりによるものであるとする研究結果もあります。
南北朝期には十三佛信仰が定着し、初七日から三十三回忌までの供養が行われるようになりました。地蔵菩薩本願功徳経には「身死するの後、七七日のうちに広く衆の善を造らば諸々の衆生をして永く悪趣をはなれしめ、人天に生ずることを得て勝妙の楽を受けしめ、現在の眷属は利益無量たるべし。命終わるの日に臨みて、一佛名、一菩薩名、一辟支仏名を聞くを得れば罪あると罪なきとを問わず悉く解脱を得べし」とあり、大灌頂経には「・・尊経を転読して三七日を迎うべし。然るゆえんは命終の人、中陰の中にありて身小児の如し、罪福いまだ定まらず、まさに為に福を修すべし。願わくは亡者の神、十方無量の刹土(浄土)に生じ、この功徳を受けて必ず往生せしめん」とあります。中陰とは中有にある五陰のことで死んで後次の行先の決まるまでの四九日間のことを言います。この間は遺族が良い香りの香を焚き、追善供養により故人の霊位を上げることに努めるべきとされます。
「往生要集」には「それ往生極楽の教行は、濁世末代の目足なり。 道俗貴賤 たれか帰せざるものあらん・・」とあります。源信僧正はあの世の存在を前提に極楽往生が人生最大の目的である、といっておられるのです。
・最近では死後の世界を否定する考えもありますがこれは弘法大師の「秘蔵宝鑰」では「異生羝羊心」といい動物並みの考えとされています。