四日は阿閦如来、気比大明神、内宮源と外宮宗の日。
・阿閦如来(「三十日秘仏」)。阿閦如来は三十日秘仏の四日仏であるとともに十三仏の七回忌導師でもあります。左手で衣の端をにぎっておられるのが特徴です。東方妙喜國の教主。密教では金剛界五智如来の一つで大円鏡智を表すとされます。維摩経では維摩は阿閦如来の妙喜国からこの世を照らすために現れたとします。維摩経下に「是の時、仏、舎利弗に告げたまえり、「国有り、妙喜と名づく。仏を無動(阿閦)と号す。是の維摩詰、彼の国より没して、来たりて此に生まる」。舎利弗言く「未曾有なり。世尊よ、是の人、乃ち能く清浄土を捨てて、来たりて此の怒害多き処を楽うとは」。維摩詰舎利弗に語れり、「意に於いて云何。日光出づる時、冥と合するや」。答て曰く「不なり。日光出づる時、即ち衆冥無し」。維摩詰言く「夫れ日は何故に閻浮提に行くや」。答て曰く「明照を以て之を為し、冥を除かんと欲するなり」。維摩詰言く「菩薩も是の如し。不浄の仏土に生まると雖も、衆生を化せんが為の故にして、愚闇と共に合せざるなり。但だ衆生の煩悩の闇を滅せんのみ」。『阿閦仏国経』によると、過去に東方千仏刹のところにある阿比羅提界で、大目如来が菩薩のために六度無極の行を説いた時、一人の比丘が瞋恚と愛欲を断じて、正覚を成じようと誓った。この無瞋恚の願により会座の菩薩から阿閦と呼ばれた。後に東方阿比羅提世界で成仏して今現に説法するといいます。妙法蓮華経化城喩品第七では、阿閦如来は大通智勝仏の十六王子の一人とされています「彼の(大通智勝)仏の弟子の十六の沙弥は今皆阿耨多羅三藐三菩提を得、十方の国土に於て現在に法を説きたもう。無量百千万億の菩薩・声聞あって以て眷属とせり。其の二人の沙弥は東方にして作仏す。一を阿閦と名け歓喜国にいます、二を須弥頂と名く。東南方に二仏、一を師子音と名け、二を師子相と名く。南方に二仏、一を虚空住と名け、二を常滅と名く。西南方に二仏、一を帝相と名け、二を梵相と名く。西方に二仏、一を阿弥陀と名け、二を度一切世間苦悩と名く。西北方に二仏、一を多摩羅跋栴檀香神通と名け、二を須弥相と名く。北方に二仏、一を雲自在と名け、二を雲自在王と名く。東北方の仏を壊一切世間怖畏と名く。第十六は我釈迦牟尼仏なり。娑婆国土に於て阿耨多羅三藐三菩提を成ぜり。」
・気比大明神 (敦賀市にあり。御祭神は仲哀天皇。仏像図彙の場合本地は大日如来、禁闕守護の三十番神の場合本地は阿閃如来。渓嵐拾葉集には「日本国独胡形事。気比とは金剛界大日如来也。 故に男子をもって社官となす也云々。また気比縁起の事、 越州幸林峯に最初に影向の時、忽然として御前気に飯を入て現前す。 仍ち世をあげて気飯大明神と奉号す。此の幸林山に寺を建て幸林寺と号す。 ・・本地事。仲哀天皇示現大日如来也」とあり。)
・ 内宮源と外宮宗(我が国守護の三十番神)。(吉田神社の末社太元宮の外宮宗に伊勢外宮、内宮源に伊勢内宮を奉祭)
・阿閦如来(「三十日秘仏」)。阿閦如来は三十日秘仏の四日仏であるとともに十三仏の七回忌導師でもあります。左手で衣の端をにぎっておられるのが特徴です。東方妙喜國の教主。密教では金剛界五智如来の一つで大円鏡智を表すとされます。維摩経では維摩は阿閦如来の妙喜国からこの世を照らすために現れたとします。維摩経下に「是の時、仏、舎利弗に告げたまえり、「国有り、妙喜と名づく。仏を無動(阿閦)と号す。是の維摩詰、彼の国より没して、来たりて此に生まる」。舎利弗言く「未曾有なり。世尊よ、是の人、乃ち能く清浄土を捨てて、来たりて此の怒害多き処を楽うとは」。維摩詰舎利弗に語れり、「意に於いて云何。日光出づる時、冥と合するや」。答て曰く「不なり。日光出づる時、即ち衆冥無し」。維摩詰言く「夫れ日は何故に閻浮提に行くや」。答て曰く「明照を以て之を為し、冥を除かんと欲するなり」。維摩詰言く「菩薩も是の如し。不浄の仏土に生まると雖も、衆生を化せんが為の故にして、愚闇と共に合せざるなり。但だ衆生の煩悩の闇を滅せんのみ」。『阿閦仏国経』によると、過去に東方千仏刹のところにある阿比羅提界で、大目如来が菩薩のために六度無極の行を説いた時、一人の比丘が瞋恚と愛欲を断じて、正覚を成じようと誓った。この無瞋恚の願により会座の菩薩から阿閦と呼ばれた。後に東方阿比羅提世界で成仏して今現に説法するといいます。妙法蓮華経化城喩品第七では、阿閦如来は大通智勝仏の十六王子の一人とされています「彼の(大通智勝)仏の弟子の十六の沙弥は今皆阿耨多羅三藐三菩提を得、十方の国土に於て現在に法を説きたもう。無量百千万億の菩薩・声聞あって以て眷属とせり。其の二人の沙弥は東方にして作仏す。一を阿閦と名け歓喜国にいます、二を須弥頂と名く。東南方に二仏、一を師子音と名け、二を師子相と名く。南方に二仏、一を虚空住と名け、二を常滅と名く。西南方に二仏、一を帝相と名け、二を梵相と名く。西方に二仏、一を阿弥陀と名け、二を度一切世間苦悩と名く。西北方に二仏、一を多摩羅跋栴檀香神通と名け、二を須弥相と名く。北方に二仏、一を雲自在と名け、二を雲自在王と名く。東北方の仏を壊一切世間怖畏と名く。第十六は我釈迦牟尼仏なり。娑婆国土に於て阿耨多羅三藐三菩提を成ぜり。」
・気比大明神 (敦賀市にあり。御祭神は仲哀天皇。仏像図彙の場合本地は大日如来、禁闕守護の三十番神の場合本地は阿閃如来。渓嵐拾葉集には「日本国独胡形事。気比とは金剛界大日如来也。 故に男子をもって社官となす也云々。また気比縁起の事、 越州幸林峯に最初に影向の時、忽然として御前気に飯を入て現前す。 仍ち世をあげて気飯大明神と奉号す。此の幸林山に寺を建て幸林寺と号す。 ・・本地事。仲哀天皇示現大日如来也」とあり。)
・ 内宮源と外宮宗(我が国守護の三十番神)。(吉田神社の末社太元宮の外宮宗に伊勢外宮、内宮源に伊勢内宮を奉祭)