10月19日定例会の記録
朝夕も寒い気候となり、護国寺書院ではお茶会も開かれ、秋本番を迎える頃となりました。
今回の護国寺定例参拝会は10名の参加者でした。今回から、時間を三十分早め、午後三時からのスタートです。
いつものとおり、全員で般若心経、観音経、諸真言をお唱えいたしました。最後に、法界定印を結び、心静かに瞑想して参拝を終わりました。
そのあとの飯田橋での懇親会では、一次会で9名の方、二次会には6名の方が参加(高原講元は退席)。高原講元から、瞑想を通じ、自身の心を掘り下げ、自身の心が、「大いなる心」と一体になることによって、覚りに至ることができるとの話しをお伺いしました。自らの実践によってしか体感できない世界ですので、日々の信仰を通じて、そのような境地に至れる日がくることを楽しみにしたいと思います。
ところで、他人と会話する際、各人の信仰に関することはタブーですが、福聚講では、一切のタブーなしに自ら体験したこと、考えたことを自由に話すことができます。皆さんの宗教談義は楽しく続き、高原講元がお帰りなった後も、7時半ごろまで、残ったメンバーで会話が弾みました。
朝夕も寒い気候となり、護国寺書院ではお茶会も開かれ、秋本番を迎える頃となりました。
今回の護国寺定例参拝会は10名の参加者でした。今回から、時間を三十分早め、午後三時からのスタートです。
いつものとおり、全員で般若心経、観音経、諸真言をお唱えいたしました。最後に、法界定印を結び、心静かに瞑想して参拝を終わりました。
そのあとの飯田橋での懇親会では、一次会で9名の方、二次会には6名の方が参加(高原講元は退席)。高原講元から、瞑想を通じ、自身の心を掘り下げ、自身の心が、「大いなる心」と一体になることによって、覚りに至ることができるとの話しをお伺いしました。自らの実践によってしか体感できない世界ですので、日々の信仰を通じて、そのような境地に至れる日がくることを楽しみにしたいと思います。
ところで、他人と会話する際、各人の信仰に関することはタブーですが、福聚講では、一切のタブーなしに自ら体験したこと、考えたことを自由に話すことができます。皆さんの宗教談義は楽しく続き、高原講元がお帰りなった後も、7時半ごろまで、残ったメンバーで会話が弾みました。