福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

幸田露伴『努力論』その2

2014-10-23 | 法話
運命と人力と

世に所謂運命といふが如きもの無ければ則ち已む、若し眞に所謂運命といふが如きこれ有りとすれば、必らずや個人、若くは團體、若くは國家、若くは世界、即ち運命の支配を受くべきものと、之を支配するところの運命との間に、何等かの關係の締結約束され居るものが無くてはならぬ。勿論古よりの英雄豪傑には、「我は運命に支配せらるゝを好まず、我自ら運命を支配すべきのみ」といふが如き、熱烈鷙悍しかんの感情意氣を有したものの存することは爭はれぬ事實で、彼の『天子は命めいを造る、命を言ふ可からず』と喝破した言の如きも、「天子といふものは人間に於ける大權の所有者で、造物者の絶對權を有するが如くに命を造るべきものである、それが命の我に利せざるを歎じたりなんどするといふが如き薄弱なことの有る可きものでは無い」と英雄的に道ひ放したものである。如何にも面白い言ことばであつて、凡そ英雄的性格を有して居る人には、常に是の如き意氣感情が多少存在して居るものと云つても宜い位であつて、そして又是の如き激烈勇猛の意氣感情を抱いて居るものは、即ち英雄的性格の人物である一徴、と云つても差支ない位である。運命が善いの惡いのと云つて、女々しい泣事を列べつゝ、他人の同情を買はんとするが如き形迹を示す者は、庸劣凡下ぼんげの徒の事である。苟も英雄の氣象あり、豪傑の骨頭あるものは、『大丈夫命を造るべし、命を言ふべからず』と豪語して、自ら大斧を揮ひ、巨鑿を使つて、我が運命を刻み出して然る可きなのである。徒らに賣卜者、觀相者、推命者流の言の如き、『運命前定説』の捕虜となつて、そして好運の我に與くみせざるを歎ずるといふが如きことは爲すべからざる筈である。
およそ世の中に、運命が自己の生誕の日の十干十二支や、九宮二十八宿やなんぞによつて前定して居るものと信じたり、又は自己の有して居る骨格や血色やなんぞに因つて前定して居るものと信じて、そして自己の好運ならざるを歎ずる者ほど、悲しむ可き不幸の人は無い。何故となれば、其の如き薄弱貧小な意氣や感情や思想は、直に是れ否運を招き致し、好運を疎隔するに相當するところのもので有るからである。生れた年月や、おのづからなる面貌やが、眞に其人の運命に關するか關せぬかは別問題としても、然樣さういふことに頭を惱ましたり心を苦しめたりするといふことが、既に餘り感心せぬことである。
荀子に非相の篇が有つて、相貌と運命との關せざることを説いて居るのは二千餘年の昔である。論衡に命虚めいきよの論があつて、生れた年月と運命との相關せざることを言つて居るのは漢の時である。よしや其等の論議が眞を得て居ないで、相貌は實に運命に關し、生年月日は實に運命に關するにしたところで、彼の因襲的從順的な支那人の間にさへ、然樣さういふところの、運命の前定といふが如き思想に屈服せぬ思想を抱いたものが、遠い古から存したことを思ふと、甚だ頼もしい氣がすると同時に、それだのに今の人にして猶且運命前定論に屈伏するが如き情無い思想を抱いて居るものも有るかと思つては、歎息せざるを得ない譯なのである。
實に荀子の言つた通り、相貌は肖て心志は肖ざるものもあり、王充の言つた通り、同時に埋殺された趙の降卒何十萬が、皆同じ生年月を有した譯でも無からうが、其等の事は姑らく論外として置いて、兎に角運命前定論などには屈伏し難いのが、人の本然の感情であるといふことは爭はれない。吾人は或は運命に支配されて居るもので有らう、併し運命に支配さるゝよりは運命を支配したいといふのが吾人の欺かざる欲望であり感情である。然らば則ち何を顧みて自ら卑うし自ら小にせんやである。直に進んで自ら運命を造る可きのみである。是の如き氣象を英雄的氣象といひ、是の如きの氣象を有して、終にこれを事實になし得るものを英雄といふのである。
若し運命といふものが無いならば、人の未來はすべて數學的に測知し得べきもので、三々が九となり、五々が二十五となるが如く、明白に今日の行爲をもつて明日の結果を知り得べきである。併し人事は複雜で、世相は紛糾して居るから、容易に同一行爲が同一結果に到達するとは云へぬ。そこで何人の頭にも運命といふやうなものが、朧氣に意識されて、そして其の運命なるものが、偉大の力を以て吾人を支配するかのやうに思はれるのである。某ぼうは運命の寵兒であつて、某は運命の虐待を被つて居るやうに見えるといふことがある。自己一身にしても或時は運命の順潮に舟を行やつて快を得、或時は運命の逆風に帆下して踟※(「足へん+厨」、第3水準1-92-39)するやうに見えるといふことがある。そこで『運命』『運命』といふ語は、容易ならぬ權威のある語として、吾人の耳に響き、胸に徹するのである。
但し聰明な觀察者となり得ぬまでも、注意深き觀察者となつて、世間の實際を見渡したならば、吾人は忽ちにして一の大なる急所を見出すことが出來るで有らう。それは世上の成功者は、皆自己の意志や、智慮や、勤勉や、仁徳の力によつて自己の好結果を收め得たことを信じて居り、そして失敗者は皆自己の罪では無いが、運命の然らしめたが爲に失敗の苦境に陷つたことを歎じて居るといふ事實である。即ち成功者は自己の力として運命を解釋し、失敗者は運命の力として自己を解釋して居るのである。
此の兩個の相反對して居る見解は、其の何どの一方が正しくて、何の一方が正しからざるかは知らぬが、互に自ら欺いて居る見解で無いには相違無い。成功者には自己の力が大に見え、失敗者には運命の力が大に見えるに相違無い。
是の如き事實は、抑※(二の字点、1-2-22)何を語つて居るので有らうか。蓋し此の兩樣の見解は、皆いづれも其の一半は眞なのであつて、兩樣の見解を併合する時は、全部の眞まこととなるのでは無からうか。即ち運命といふものも存在して居つて、そして人間を幸不幸にして居るに相違無いが、個人の力といふものも存在して居つて、そして又人間を幸不幸にして居るに相違無いといふことに歸着するのである。たゞ其の間に於て成功者は運命の側を忘れ、失敗者は個人の力の側を忘れ、各※(二の字点、1-2-22)一方に偏した觀察をなして居るのである。
川を挾んで同じ樣の農村がある。左岸の農夫も菽まめを種ゑ、右岸の農夫も菽を作つた。然るに秋水大に漲つて左岸の堤防は決潰し、左岸の堤防の決潰した爲に右岸の堤防は決潰を免れたといふ事實が有る。此時に於て、左岸の農夫は運命の我に與くみせざるを歎じ、右岸の農夫は自己の熱汗の粒々辛苦の結果の收穫を得たことを悦んだとすれば、其の兩者はいづれも欺かざる、又誤まらざる、眞事實と眞感想とを語つて居るのである。其の相反して居るの故を以て左岸の者の言と、右岸の者の言との、那どの一方かが、虚僞で有り誤謬で有るといふことは言へぬのである。そして天運も實に有り、人力も實に有ることを否む譯には行かぬ。たゞ左岸の者は、人力を遺わすれて運命を言ひ、右岸の者は運命を遺れて人力を言つて居るに過ぎずして、その人力や運命は、川の左右を以て扁行扁廢して居るのでは無いことも明白である。
扨既に運命といふものが有つて、冥々に流行するといふ以上は、運命流行の原則を知つて、そして好運を招致し、否運を拒斥したいと云ふのは、誰しもの抱くべき思念である。そこで此の至當な欲望に乘じて、推命者だの、觀相者だの、卜筮者だのが起つて、神祕的の言説を弄するのであるが、神祕的のことは姑らく擱いて論ずまい。吾人は飽までも理智の燭を執つて、冥々を照らす可きである。こゝに於て理智は吾人に何を教へるで有らう。
理智は吾人に教へて曰く、運命流行の原則は、運命其物のみ之を知る。たゞ運命と人力との關係に至つては我能く之を知ると。
運命とは何である。時計の針の進行が即ち運命である。一時の次に二時が來り、二時の次に三時が來り、四時五時六時となり、七時八時九時十時となり、是の如くにして一日去り、一日來り、一月去り、一月來り、春去り、夏來り、秋去り、冬來り、年去り、年來り、人生れ、人死し、地球成り、地球壞れる、其が即ち運命である。世界や國家や團體や個人に取つての好運否運といふが如きは、實は運命の一小斷片であつて、そしてそれに對して人間の私の評價を附したるに過ぎぬのである。併し既に好運と目すべきものを見、否運と目すべきものあるを覺ゆる以上は、其の好運を招き致し、否運を拒斥したいのは當然の欲望である。で、若し運命を牽き動かす可き線條があるならば、人力を以て其の幸運を牽き來り招き致しさへすれば宜いのである。即ち人力と好運とを結び付けたいので、人力と否運とを結び付けたくないのである。それが萬人の欺かざる欲望である。
注意深き觀察者となつて世上を見渡すことは、最良の教を得る道である。失敗者を觀、成功者を觀、幸福者を觀、不幸者を見、而して或者が如何なる線綫を手にして好運を牽き出し、或者が如何なる線綫を手にして否運を牽き出したかを觀る時は、吾人は明かに一大教訓を得る。これは即ち好運を牽き出し得べき線は、之を牽く者の掌たなごゝろを流血淋漓たらしめ、否運を牽き出すべき線は、滑膩油澤かつじいうたくなる柔軟のものであるといふ事實である。即ち好運を牽き出す人は常に自己を責め、自己の掌より紅血を滴らし、而して堪へ難き痛楚を忍びて、其の線を牽き動かしつゝ、終に重大なる體躯の好運の神を招き致すのである。何事によらず自己を責むるの精神に富み、一切の過失や、齟齬や、不足や、不妙や、あらゆる拙なること、愚なること、好からぬことの原因を自己一個に歸して、決して部下を責めず、朋友を責めず、他人を咎めず、運命を咎め怨まず、たゞ/\吾が掌の皮薄く、吾が腕の力足らずして、好運を招き致す能はずとなし、非常の痛楚を忍びつゝ、努力して事に從ふものは、世上の成功者に於て必らず認め得るの事例である。蓋し自ら責むるといふ事ほど、有力に自己の缺陷を補ひ行くことは無く、自己の缺陷を補ひ行くことほど、自己をして成功者の資格を得せしむるものの無いのは明白な道理である。又自ら責むるといふことほど、有力に他の同情を惹くことは無く、他の同情を惹くことほど、自己の事業を成功に近づけることは無いのも明白な道理である。
前に擧げた左岸の農夫が菽まめを植ゑて收穫を得ざりし場合に、其の農夫にして運命を怨み咎むるよりも、自ら責むるの念が強く、是我が智足らず、豫想密ならずして是の如きに至れるのみ、來歳は菽をば高地に播種し、低地には高黍たかきびを作るべきのみ、といふ樣に損害の痛楚を忍びて次年の計を善くしたならば、幸運は終に來らぬとは限るまい。すべて古來の偉人傑士の傳記を繙いて見たならば、何人も其の人々が必らず自ら責むるの人であつて、人を責め他を怨むやうな人で無い事を見出すで有らうし、それから又飜つて各種不祥の事を惹起した人の經歴を考へ檢しらべたならば、必らず其の人々が自己を責むるの念に乏しくて、他を責め人を怨む心の強い人である事を見出すで有らう。否運を牽き出す人は常に自己を責めないで他人を責め怨むものである、そして柔順な手當りの好い線を手にして、自己の掌を痛むる程の事をもせず、容易に輕くして且つ醜なる否運の神を牽き出し來るのである。
自己の掌より紅血を滴らすか、滑澤柔軟のもののみを握るか、此の二つは、明らかに人力と運命との關係の好否を語る所の目安である。運命のいづれかを招致せんとするものは、思を致すべきである。




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