福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

角田さんが先日の第5回江戸33観音東京10社参拝記を作ってくださいました、1/4

2015-09-13 | 開催報告/巡礼記録
猛暑、極暑。熱中症で、救急車出動史上最高、死者も最高だったという悪夢のような今年の夏も終わり、ようやく、朝夕は、冷え込みを感じる秋の気配が感じられるようになりました。福聚講(高原耕昇講元)では、9月6日(日)、第五回目の江戸三十三観音・東京十社の巡拝行を行いました。午前10時、東京メトロ南北線・本駒込駅に集合。この日の参加者は、高原講元様以下、6人(婦人1人)。皆さん一様に、勇み立ち、白衣に着替えて、出陣です。この朝、私は、集合場所に向うため、京王線の電車に乗車するため、駅構内のホームに立つたところ、電車の発着を知らせる電光板に、「午前6時33分、京王線・幡ヶ谷駅構内で、人身事故が発生し、電車の遅延がでています」という、いつもよく見かける?電光ニュースが、流れていました。


到着が遅れている電車を待っている人たちの表情を見ると、殆どの人が、もう見慣れた「いつもの事故か。他人迷惑な話だ」とばかり、無表情に、何の感情も見せないで、ただじっと、立つているようでした。私は、これから、寺社の巡拝に出かけるところで、こんな悲報を、知るなんて!と、複雑な気持ちになりました。「人身事故」というのは、電車に人が、飛び込み自殺を図り、即死した表現です。自殺した人がいるというのに、私は、心弾む巡拝行に行こうとしている。片や自殺した人がいる。そして、私は、巡拝行に行く。余りにも、人生の明暗の対照が、鮮烈過ぎる。「このままで巡拝に行っていいのだろうか」と思い、葛藤しつつ、遅れてきた電車に乗り、自殺現場の、幡ヶ谷の駅を通り、集合場所に向ったのです。報告ののっけから、暗い話題で申し訳ないのですが、私にとっては、ほっておけない事柄ですので、後ほど、再びこの話題を取り上げることにします。


地下鉄本駒込駅から、幅広い自動車幹線道路である、本郷通りを歩くこと20分。この日、巡拝の一番寺に着きました。

第十番札所 湯山常光院 浄心寺(東京都文京区向丘2-17-4)。札所本尊 十一面観世音菩薩(子育桜観音) 本尊 阿弥陀如来 浄土宗


本郷通りに面した寺院の入口で、白い白粉をたっぷり塗った愛嬌顔、真っ赤な袈裟を着た、でっぷりした体躯のお馴染み、布袋様が、我々一行を迎えてくれます。都会の寺院に”巨大”な布袋様が、控えていることに、先ず、びっくりします。この寺のある地域には、各宗派取り混ぜて、12寺院があるのですが、札所は、ここだけです。


元和2年(1612年)、江戸湯島三組町(妻恋坂)に、徳川二代将軍秀忠のとき、畔柳助九郎(常光院殿通譽存達居士)が、浄財を注いで、大檀那となり、寺宇を建立しました。開山上人には、還蓮社到譽文喬和尚があたりました。七代、建譽上人の代には、八百屋お七の振袖火事として知られる江戸大火(1717年)で、堂宇は焼失、現在の地に移転しました。そして、第二次世界大戦では、東京空襲で、またしても、寺院は、焼失したのです。そして、第23世住職の小池政雄和尚夫妻が、檀信徒の協力の下で、今日のように、復興の礎を築いたといいます。現在は、第24世住職・佐藤雅彦和尚の下で、平成24年には、開創400年を迎えました。「お参りするとほっとする」と言われるような寺でありたいと、日夜、勤めておられると言うことです。


広い本堂。ぴかぴかに磨かれた床の板。祭壇には、開山以来の坐像である、阿弥陀如来、丈六の阿弥陀如来と、二体の本尊様を中心に、阿井瑞岑・先崎栄伸両師の謹作による、十三尺の十一面観世音菩薩、大勢至菩薩、梵天、諦釈天、毘沙門天、増長天、虚空蔵菩薩、千体地蔵が、安置され、荘厳な雰囲気が漂っています。本堂向かって、左側の祭壇に、高さ1.5メートル。重さ500キロ、真っ赤な漆で塗られた「日本一の巨大木魚」が、訪れ、見る人の度肝を抜きます。その木魚の前の板の床には、口をあけ、牙をむき出したこれも、大きな木彫の虎が君臨してます。そうです。先にご紹介した、寺院入口の巨大な布袋様と言い、ここの寺院は、「巨大」なものが、好まれるようです。ですから、巡拝する私たちも、ついつい、力が入り、気合の入った、お勤めをしたものです。


広い境内は、心を和ませ、ゆったりとした気持ちになります。境内全体には、桜の木が並び立ち、春には、桜の花が、境内を覆うそうです。その、見事な風情から、「桜観音」の名で、親しまれています。寺院の周囲には、無機質な高層ビルの林立がなく、ビルの建物も見当たりません。こういう、環境風情が、私たちの心を、静かに落ち着けてくれるのかもしれません。この日は、参詣者も数少なく、私たちは、本堂に上がって、心行くまで、お勤めすることが出来ました。


境内の中の参道の、本堂に行く途中の所に、正譽政雄和尚之寶塔と言う石碑があり、その後ろ側に黒い御影石で畳一枚分の大きさの碑があります。(そのまま全文をご紹介します)


「第二十三世 中興 香壽明院 瞬蓮社正僧正正譽上人温阿洗心蒼石政雄大和尚は、大正3年信州に生まれ、昭和9年春、横浜久保山光明寺開山・宮下舜達大僧正と叔父である信州戸倉宗安寺・山極麟成和尚、並びに本所龍興院・藤井龍雄和尚のご縁で、当山第二十一世顕城和尚の弟子となり、良玄寺、正念寺、墨田寺等の住職を歴任した。太平洋戦争では、中国より復員し、第二十二世任由和尚の戦死を受け、二十三世住職となり、以来六十年年余その任を務められた。当時、法類総代の小石川西岸寺井上長善老師より第十九世大徳者栄傳和尚の姓を継ぐ事を勧められた事を、この上ない幸せに感じ仏道精進。戦争によって受けた傷から、右足を根元から切断し不自由な身となってからも、(いわゆる傷痍軍人です)不屈の精神と千代夫人の内助により、本堂の再建、仏像の建立、寺内の整備に全力を注がれた。一本足の「和尚さん」として広く敬愛され九十一才で浄土へと往生された。 第二十三世 中興 香壽明院瞬蓮社正僧正正譽上人」


この石碑に込められたのこの浄心寺の幾星霜を経た歴史と、ここには表せられない厳しく多くの苦労によって、寺の維持がなされてきたのだと思いました。これを読む時、私達は、ただ境内の風情や、寺院建築物を見たり、本堂で、ご本尊に礼拝するだけでなく、戦争で犠牲になった住職、戦争で、片足をなくしても、寺院を守りぬいている住職がおられ、参詣する人々の安寧と幸福を分け与えるべく、人知れず努力しておられるという厳粛な事実に、畏敬の念を注ぐべきではないかと思い、ご本尊を、拝礼できることに感謝しなければならないと思いました。


御詠歌 たのめただ 枯れたる木にも 自から 実りの花や 桜観世音



さて、前言に戻ります。本堂で、お勤めの際、今朝、自殺した人を供養する、祈りを捧げ悼みました。私も,これまでに、何度、自殺する気になったことでしょうか!つい最近も、「もう死んだほうが」と思いつめたことがありました。ですから、自殺は、ひとごとではありません。病気・金銭・人間関係・世間付き合い・若い人なら失恋、事業失敗など、どうあがいても回避できない。身を削られる苦痛が、自分を責め地獄に落とし込んで行くのです。他人から見ると、実に、些細なことなのでしょう。しかし、本人は、苦悩・懊悩・困苦・煩悶・窮乏・失意の限界に達するのです。誰も助けてくれる人は居ません。ただひとり苦しむのです。神経も限界に来、意志も意欲も、溶け、理性は、狂乱の只中です。私は、自分の心を、自殺した人の心と重ね合わせるよに、自分の命を絶つ決断の瞬間を思い浮かべます。嗚呼,今朝、自殺した人は、どんなに苦しかったことだろう。苦悩の渦の中であがき、意を決して、電車に飛び込んだのです。誇りある決断を下したのだ。と、自分で、自分の心に感情移入しました。


今、日本は、繁栄を謳歌し、往年の、バブル時代のような様相を呈しています。経済至上主義と拝金主義が人の心の奥深く巣食っているようです。物に対する欲望は、日夜、マスコミやインターネット、スマホンなどで扇動されて、否が応でも、誘惑されかねません。テレビと言えば、毎日、「食べる」事の番組ばかり。若者受けを衒うのか、お笑い芸人や、若い女性アイドルたちの早口の、「軽い」長い言葉の羅列。さらに、興味本位の、世相時評で、これも、えらく早口で、空疎な喋りを続けています。みんな、棘のあるすぐ消えてゆく情報ばかりです。一体、どこの国に来たのだろうかと、錯覚を起こしかねません。


そんな中、人知れずに、狂騒の世間の裏側で、日本では、毎年、3万人の人が、人知れず、命を絶っているといいます。中東のイラク戦争の頃、戦死した米国軍の兵隊は、5700人と言います。その約5倍に当たる、日本人が、平和を謳歌している日本で、自らの命を絶っているのです。何んという現実でしょうか?悲しいことに、毎年3万人あまりの、自殺者が出ているにもかかわらず、あまり問題にされてないような気がします。今、日本は、エゴイズムの塊のような人が、跋扈し、僅かに、センチメンタルなボランテアが、ままごとのような活動をしているようですが。あまりにも悲しい現実でないでしょうか!


そんな中で、ただ、こうして巡拝行をしていていいのか?内なる声が胸に突き刺さるように、静かに問うてくるのです。そして、佛教に、何を期待するのでしょうか?内なる声が、またしても、自問してくるのです。 (この福聚講のブログは、講元はじめ多くの人々の体験から、「困ったときには神仏に祈願すれば必ず助かる」というモットーで作っています。このメッセージを一人でも多くのかたにお届けするのが福聚講の使命です。)



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