【お友達なら一蓮托生でいきゃれ ~ オヤブン、護るか? 斬るか? の巻】
■仏画には、極楽の一葉の蓮(ハス)の上に
仲良さそうに人々が座っている絵柄が多い。
死後の世界で、ともに極楽に往生して
蓮の上でココロ静かに暮らそうという
理想郷を表現している。
■そうしたことから
蓮の葉に生を託して、死なばもろとも
すなわち共同責任を表す「一蓮托生」
という言葉が生まれた。
極楽浄土に至る道には
仲間内の一人だけを見殺しにする
などということはないのである。
◇
■政界で初めて口にしたのは伊藤博文とされるが
初の平民宰相・原敬が、
文相の「二枚舌事件」が起きた時に使って
それが思いも掛けず有名になった。
ことに当たっては
世論も貴族院も任命権者の責任を厳しく追及し、
原が総裁を務める政友会の連中でさえ
大臣のクビのすげ替えを進言するに至る。
ところが原首相は冷然として
「なあに、一蓮托生だ」と答えた。
危機はやがて収まったが、
流行語となり、今に至っている。
■任じた何人もの大臣が放言・妄言しても
「こいつと こいつは 辞めさせればよろしい」と考え
いつまでも政権にカジリついている総理大臣もおられる。
透徹した歴史観なしに一国のリーダーたらんとするは
本人もとより国民の不仕合せといえまいか。
■小話一つ。題は「親子心中」あるいは「金権政治」
母親「坊や。極楽に行けば蓮の葉の上で、また仲良く暮らせるのよ」
坊や「そこに、権利金はいらないの?」
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