9・11報告書の全訳出版 日本の遺族「事実知って」 テロ20年
2021/09/11 21:50
(産経新聞)
2001年の米中枢同時テロから11日で20年。世界貿易センタービルで長男の杉山陽一さん=当時(34)=を亡くした遺族の住山一貞さん(84)がテロに関する米国調査委員会の報告書を全訳、11日に出版された。テロが「20年間頭から離れなかった」という住山さん。改めて事件と向き合い、テロ対策議論などの「出発点」として事実を見つめる重要性を訴える。
「ころから」(東京都)から出版される「9/11レポート」は、テロの事実究明のため、米国で公式に設置された独立調査委員会の報告書だ。抄訳版が出版されたことはあったが、全訳は初の試み。テロに至るまでのイスラム原理主義勢力への米国政府の認識不足を指摘、対策機関の設置を提言するなどしている。
翻訳に取り組んだ住山さんは富士銀行(現・みずほ銀行)ニューヨーク支店駐在員だった陽一さんをテロで亡くした。
学生時代から語学に熱心だった陽一さんは「海外で働きたい」という長年の夢がかない、2000年春から貿易センタービルのオフィスで勤務していた。テロの2カ月前、住山さんは妻のマリさん(81)、陽一さん家族と貿易センタービルを訪ね、家族で記念撮影もした。「あまり仲良しこよしの親子ではなかった。男同士ってそうですよね」。住山さんは話す。
9月11日夜。航空機が貿易センタービル北棟へ衝突する様子がテレビに映し出された。慌てて陽一さんの妻に電話し、職場は南棟と聞いて安堵(あんど)したとき、2機目が南棟に衝突した。
「最初に映像を見たときは1機目の衝突のリプレイかと思っていた…」
12月、陽一さんの死亡宣告が出された。「心の中では生きていると信じていた。爆風で飛ばされて記憶喪失だってありうるんじゃないかと」。現場から陽一さんの遺体の一部が見つかったのは翌年4月。悲しみを歌に託した。
「旋回の窓にハドソン河著(しる)く見ゆ この地に吾子(わこ)はなほ眠るらし」
住山さんが報告書の翻訳に取りかかったのは8年ほど前。日本の国会で、ある議員がテロを米国の自作自演などとする「陰謀論」を紹介していたことがきっかけだった。違和感が募り、根底に事実の軽視があると感じた。日本には断片的にしか伝わっていない報告書を完訳し、議論の「出発点」にすることが重要と考えたという。
もともとは金属メーカーのエンジニアで、英語を使う機会もなかったが、「犠牲者遺族が訳したからといって誤りは許されない」と丹念な翻訳に励んだ。今年、ようやく完訳。編集者の勧めで5月に出版費用のクラウド・ファンディングを行うと、1カ月で目標の150万円を大きく超える約500万円が集まった。
今回の全訳版では、報告書の中のイスラム教についての説明や、テロに至るまでの宗教的背景についても日本で初めて紹介される。
住山さんは「イスラムの人はこれからも日本に入ってくる。『イスラムはだめだ』と退けずに理解しなければならない」と力を込める。年内には報告書を解説する書籍も出版するのが目標だ。「日本がグローバルな活動を展開する以上、今後もこのような事件の被害に巻き込まれる可能性はある。これを防ぐために、事実を知ってほしい」(内田優作)