出発が遅れた記念列車を
会津坂下駅で見送ったあと、
千葉県民のJORDANIAN氏のいる
会津塩沢駅へ向かい、
私も自作の横断幕を掲げ、
河井継之助に扮した地元の皆さんと、
通過する列車に手を振り、見送った。
(その様子が、NHKのニュースで映像が流れていた)
その後、只見駅に向かうも、
叶津川の手前でクルマが大渋滞。
おそらく只見駅前も人があふれていると思い、
途中で引き返すことに。
列車が遅れた影響で、陽もだいぶ傾き、
あれこれ場所を探すも、
良い場所が見つからない。
結局、上り列車のまともなカットはこれだけ。
2022年10月1日
只見線 会津川口ー会津中川
9442レ「再会、只見線号」
いずれにしても、
トラブルがあったにも関わらず、
記念列車が運転されたこと、
会津坂下駅での見送り風景が撮れたこと、
そして自分も手を振って見送れたこと、
この日やりたかったことができたので、
まずまずの一日だったのかな…。
2022年10月1日(土)
11年ぶりの全線での運転再開を祝うように、
まさに雲一つない秋晴れの日。
旧型客車による記念列車の運行が決まってから、
ずっとこの日を待っていた。
大勢の人が出迎える中、
ヘッドマークも誇らしげに
駅に進入してくるシーンを思い描きながら。
本当は「只見駅」での出迎えシーンを
撮れないものかと考えていたが、
さすがに溢れんばかりの人となっては、
写真も何もないだろうと、
会津坂下駅で撮影することにした。
朝7時過ぎ、会津坂下駅に着くと、
まだJRの関係者をはじめ、同業者の姿もなかったので、
さっそく撮影ポジションを確保した。
朝ごはんのサンドイッチなどをパクパク食べながら、
頭の中で今日一日の撮影計画を考え、
何気なく『どこトレ』で
只見線の列車位置を見てみると、
塔寺ー会津坂本で、始発の423Dに“遅れ”の表示が。
全線再開の小出行き一番列車である、
さぞや混みあっているのだろう。
乗降に時間がかかり、遅れが生じたか?と
その時は軽く考えたが、
いつまで経ってもどこトレの表示が動かない。
オイオイ!今日はまたとないハレの日だぞ?
まさかと思っているうちに、
駅員やJR関係者もざわつき始め、
後続の下り425Dも会津坂下に到着し、
後ろも塞がれてしまった。
Twitterの情報や駅員からの説明で、
423D(キハ120)のブレーキが不緩解となる故障で、
動かなくなってしまったらしい。
結局、すべての乗客を現場で降ろした後、
会津坂下まで戻ってくることに。
(故障した一番列車はキハ40風のラッピングだった)
そして後続の425D、会津川口行きを
小出行きに変更して出発。
そして『再会、只見線号』は
当初、運転見込みが立たない状況だったが、
定刻から2時間半あまり遅れて
何とか会津若松を発車した。
偶然とはいえ、会津坂下駅では、
遅れの原因となったキハ120と旧客が並ぶことに。
ところで、旧客の記念列車には
私の母親が会津若松から乗車予定だった。
旅行会社の企画に申し込んで当選したのだが、
今回のトラブルにより、こちらもバス代行となり、
旧客に乗れず終いになってしまった。
何のためのツアーだったのか、
身内とはいえ気の毒でならない。
2022年10月1日
只見線 会津坂下駅
9441レ「再会、只見線号」
会津坂下に姿を現した、記念列車。
大幅に遅れたものの、
たくさんの人に迎えられた。
このシーンが撮りたかったのだ。
私だけでなく、
今回は多くの人が予定変更を余儀なくされた。
私は写真を撮るだけなので、
さほどのことではなかったが、
やはり今日だけは
お祝いムード一色にしてほしかったなぁ。
只見線全線運転再開初日
大幅遅延の原因となったキハ120と
記念列車「再会、只見線号」の交換風景
【会津坂下駅】
カマ鉄オモシー組合
写真さえ撮っていれば幸せ