徒然なるまま”僕の趣味と遊ぶ”

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大阪の地名と成り立ち④ -ナンバ①-

2009年11月24日 17時11分58秒 | 変貌する街、過去・現在・未来

大阪の呼称の「なにわ」について書いてきました。
ここで、気になるのは「なにわ」「なんば」、どう違うのでしょうか?

大阪を「浪速」とか「浪花」とか呼んできましたが、それらが「難波」と同じなのでしょうか?

大阪を代表する繁華街は「キタ」と「ミナミ」の2地域があります。
御堂筋の北端には梅田の周辺が「キタ」、南端には”なんば”や”道頓堀””心斎橋”の周辺を「ミナミ」と呼んでいますが、どちらも明確な境界線はありません。

大阪人からすれば「ミナミ」は「ざっくばらんな庶民的な街で原色の似合うラテン系」に対して「キタ」は「すこしすましたビジネス的な街で中間色的で都会的」というイメージです。

 

 「難波(なんば)駅」は6つあります。
南海、近鉄、JR、地下鉄御堂筋線、同四ツ橋線、同千日前線、の6路線で、すべて
ナンバと呼びます。近鉄は大阪難波駅と呼んでいます。

これらのターミナル駅がある場所は、「難波(なんば)」を冠した住居表示となっています。
このあたりは、昔、旧西成郡難波(なんば)村だったのが大阪の古称である「難波(なにわ)」の漢字表記が、いつか自然に「なんば」と読まれるようになったのではと思われます。(ベスト新書、若一光司著、大阪、地名の由来を歩く を参照しました)

ここは江戸時代は、摂津国西成郡難波村で下難波村と上難波村に分かれていました。 上難波村は今の南船場に位置し、下難波村は、東横堀川、長堀川以南の島之内にあったのですが、元禄時代に合併したそうです。

江戸時代の呼称は、ナンバであったと思われ、それが漢字の「難波(なにわ)」にあてはめられたのではないかというのが、一般的なようです。

万葉集には、「那爾波(なにわ)」とか「奈爾波」とか書かれているのですが、これを「ナンバ」と呼ぶのには無理があるとも言われています。

  

神戸は、兵庫では「こうべ」、三重県では「かんべ」、鳥取では「かんど」、岡山では「ジンゴ」とか「コウト」とか「ゴウト」とか訓(よ)む地方もあります。

同じ「ン」でありながら「m」「n」音を聞き分けることは、日本の自然なみやびなのかも知れません。
近鉄の大阪難波駅の駅標板は「NANBA」ではなく「NAMBA」となっています。

言葉というものの伝達は、口コミがほとんどであり、そこに方言などが入り混じり、地方によっては、違う発音に変化していったものと思われます。
「なんば」も「なにわ」も漢字から長い年月をかけて、表現が入り混じってきたのかも知れません。
言語学者でもありませんので、違っているかも知れません。