昔の日本地図と言えば、伊能忠敬の「大日本沿海與地全図」を考える人も多いことでしょう。
日本全国の沿岸を歩いて測量し、江戸時代としては驚異的な正確さを誇る地図です。
伊能忠敬の地図 日本の東部の一部
これが日本最初の地図と思っている人がいるかも知れませんが、それ以前、日本に全く地図がなかった訳ではありません。
例えば、奈良時代から各地の荘園で開田図が作られています。
これは、絵地図で必ずしも正確なものではありませんが、現在、正倉院にある751年作成のものが、現存するなかでは、もっとも古い地図とされています。
また、1582年に日本を出発した遣欧少年使節団は、ポルトガル語に翻訳した日本地図をヨーロッパに残してきています。
実は、この地図こそが日本では広く使われていたのが「行基図」です。
「行基図」はもともと平安時代に、筆で書かれた日本地図で、それ以降、江戸時代まで何枚も書き直されたと言われています。
その中で一番古いとされてのは、鎌倉時代後期の1305年に作成されたもので、京都の仁和寺に保存されています。
「行基図」の名は、奈良時代の高僧、行基に由来します。
しかし、行基が日本地図を作成したという記録はありません。
行基が全国をまわって全国行脚し、地域の開発したという伝説から、日本地図のことをそう呼ぶようになったのではないかと考えられています。
この「行基図」には、九州、四国、本州しか描かれていません。
当時の沖縄は琉球という独立国であり、北海道は中央政権の力の及ばない土地でした。
しかし、この地図がそれぞれの国の位置関係は分かるので、戦国の武将には、重宝されていました。
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