玄米ごはん族のあしたのたのしみへ

玄米と野菜、果物で今日から明日へ。農業と穀物菜食の日々

実から出た稲を移植 期待は大きい

2020-07-31 00:23:32 | 実験

 全く期待されていないが、一番立派に育ったこぼれ種の稲。

 

 苗代で苗箱のこぼれ種から育った稲を移植した。この稲から収穫したモミで来年は直播できるかもしれない。

 こぼれ種が雑草をものともせずここまで育った。期待をこめて田植した田の稲より、太く、背が高い。

 田植がどれだけ苗にストレスになっているか良くわかる。特に当農園のように雑草を埋め込む方式では根腐れが怖い。二週間は成長が止まる。

 実から育って、一番立派に見えるようになった。ストレスフリーだ。

 なぜ、ここまで大きく育ったのだろう。直播では大量の除草剤を使うらしいが、ここは無農薬だ。なぜ、雑草に負けないのだろう。

 生まれた時の環境の持続と、成長過程での変更。どう見ても、生まれた時から持続しているほうに余裕がある。コナギは2葉になっていたが小さいのでビックリした。普通なら大きくのびのびと育つ。なんで大きくならないのだろう。

 苗代にはどんな雑草があったか。苗代の代かきはあと2枚。

 農薬を使わないで、どうやって生まれた時の環境にしておけるか。成功した例はない。

 今年は種取りのために移植したが、来年は実験できる。

 

 この田はコナギが大繁茂したので代かきをして小さく育った稲を埋め込んだ。きれいさっぱり。

 

 コナギの絨毯になっていた。せっかく田植したのに。やむを得ない。稲は伸びないし、どこにあるかわからなくなるし収穫できない。

 

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元が畑、来年は畑の作物にする

2020-07-30 00:10:23 | 

 元が畑だった田は畑の作物にする。

 雑草が水の上に出ていないが、水中はコナギが大繁茂。

 

 田植が遅いので田植後すぐに用水が雨で停止した。地下浸透が大きいので田面が見えた。そして、コナギだらけになった。

 畑には畑作物。

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コナギがない田、大繁茂の田、赤浮き草の田、平均一ヶ月経過。

2020-07-29 00:22:31 | 

 排水口を改良したほうが良い。

 東の排水口の位置を変えたほうが良い。雑草の種が風で移動しているだけ。

 

 雨でいつまでも田の水位が下がらないので排水口を下げて排水を始めた。

 コナギがない田。一度も田の中に入っていない。

 大成功。中に入らないし何もしなかった。時々、周囲の畦の草刈り。

 こういう田だけなら、規模拡大しても気楽に行ける。

 

 田植が遅いところは、まだ1株に2,3本だ。そのかわり背が伸びている。赤浮き草があるがコナギはない。

 

 

 田植をしたばかりの田は葉が黄色がかっている。ところどころ水が乗らなかったところはコナギが大きくなった。水が乗っているところは赤浮き草が繁茂している。

 

 赤浮き草だらけの排水路側。

 

 今年は強風がふかないので、苗が根本から倒されるようなことがない。排水しないで自然に水位が低くなるのを待っていたが、連日の雨で、いつまでも下がらないので、排水口を下げて排水を始めた。

 

 用水に失敗の田は、コナギが大繁茂。

 コナギが繁茂したところは田植の当日、雨で午前中で用水が停止した。周りの田は今も中干しが終わらないので雨が降ると誰も水がいらない。

 

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江戸時代の事柄は現代に適用できるか

2020-07-28 00:16:57 | 知識

 現代に置き換えると、江戸時代は不思議なことばかり起こっている。制度がまるで反対に見える。

 

 A会社の資産が突然1/4になってしまった。だが、従業員はそのまま、解雇しないで給料半額で我慢してもらって数年がたった。借金はますます増えた。従業員の東京営業所縮小の要求に社長がたえきれず引退宣言し、新社長に親戚の17才の穀物菜食で生きている貧乏を地で行っているような痩せた若造を就任させた。従業員は大歓迎だ。この若造なら東京営業所で豪遊などしないだろう、やれやれ一安心。

 法律上、会社はつぶれない。それどころか、金を貸したほうの態度が悪いとそちらが潰されるようになっている。貸し手は数軒の巨大商社と地方の大商店。安心して東京営業所で散財できるのだが、この若い社長はみんなの好きな食べ物が嫌いらしい。

 それからさらに数年が過ぎて若社長が23才の時すごいことがおこった。それまで従業員は、金がないから仕方ない同じもの食ってやるか、数字も共有してくれ、と奥さんが余計なことを言っているがーーーーー従業員に公表された財務諸表には巨額の赤字が、これほどとは、みな愕然とした。会社の借金の発生源が東京営業所の散財だとはっきりわかった従業員は若社長といっしょに東京営業所にいる前社長に東京営業所縮小、予算の1/10化を言い渡した。なんとすんなり認められた。さらに返済計画を作り一部の借金の棒引き、さらなる借金の申し込みを巨大商社に交渉し、なんとこちらも契約が成立した。

 

 現代では、とても起こりそうもない。会社はつぶれてなくなってしまう。

 

 米沢潘以外の東北各潘は大飢饉をまともに受けたがその後どうなったのだろう。米沢潘は二代かけて借金返済、殖産興業で豊かになったが他の潘はどうしたのだろう。

 飢饉でなくても普通でも何事かあって借金がかさみ最後は棒引き、幕府もやっている。これに逆らうと貸したほうの豪商がどういうわけか潰されるので文句も言えない。実際、贅沢で態度が悪い、と潰された豪商がある。

 そういう環境で、なぜ、なり行きに任せて周りがやるように最後の手段を使わなかったのか。それをやると誰もが貸さなくなるが。

 借金でおとりつぶしになった潘はないのに、なぜ、殖産興業など始めたのか。周りがやらなくても、やるーーーーー必要性をわかっていたから、としか思えない。

 

 勉強中の13才の藩主候補には、はっきり、将来の領地の設計図ができていた。あとは、実現するだけ。

 もし、失敗してもおとりつぶしにはならない。その経験をバネに再度挑戦、何しろ若いのだから。その証拠に、豪商は棒引き、利率引き下げ、償還期間の延長、に応じている。若さ、ハングリー精神に期待している。

 

 江戸時代は、本当に不思議なことばかりだ。一言で言うと、融通のきく社会。次は、あきらめて水に流すのが予定されている社会。さらに、マイナス成長なのに借り手が多く貸倒引当金積み増しで利息が高い社会。極めつけは、自助努力。

 

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同じ夢を見ることができるかどうか

2020-07-27 00:17:08 | 知識

 自分の考えに同調してもらうには同じような夢を持っているかどうかで決まる。どんな夢を抱くかは13才から数年で決まる。将来の夢が違うならあきらめたほうが良い。

 健康になりたい、という健康な人にはバカバカしい夢は、きっと、何才になってからでも良い、遅い、ということはない。

 

 米沢蕃の大多数の人の望みが一人の君主の望みと一致して改革が成功した。若い君主にすれば日常生活をそのまま領民に実行してもらう、という気持ちだろう。その生活習慣は有名な師に教えを受けた13才から17才の間に身につけた。領民が豊かになっても一生を通した。

 三つ子の魂なんとか、というが13才スタートでも充分ということだ。理解したが実行しなかった大名は、お付き合いがまず第一、格式通りに何事も進めないとまずい。やることは先の先まで決まっている。上杉鷹山の生活様式など入り込む余地はない。大名にしてみれば有名な師の話はとりあえず聴こう、という気持ちだろう。実行はしない、できない、取り巻きがうるさい、格式を下げるようで世間体が悪い、民百姓には悪いがもっと働いてくれーーーー  

 それに引き換え若い上杉鷹山は領民の期待を一身に受けた。誰の目にも、ひたむきな、ただただひたむきな、夢を抱かせる何かを上杉鷹山に見たにちがいない。自分らと同じものを食って同じものを着て、夢がひょっとすると現実になるかもしてないーーーーーー 

 お互いに別れる普通の理解と正反対、こちらはお互いが引き合って成功した例だ。文字通りハングリー精神。

 上杉鷹山が藩主になったのは17才、借金返済が終わったのは74才で没後の翌年。35才で引退して蕃政全体を見るようになった。それからが本当に思い通りにできたのかもしれない。鷹山のかつての部下も子供に譲っただろう。残り40年を合わせ、まるまる二世代かけての借金返済。どんな豪商も投資したくなるだろう。お付き合いは適当でも、いつのまにか先進蕃になっていた。

 二世代もかけて夢がかなった。そして絹織物は全国的に有名になった。現代のブランド品だ。どこの蕃が米沢蕃をバカにするだろうか。後ろには絹を独占販売する豪商がいる。誰もが一目おく。本当にすごいことだ。

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