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F・スコット・フィッツジェラルド、上岡伸雄訳『ラスト・タイクーン』(作品社)、とてもすばらしい。興奮して読み進めている。
当時の絢爛豪華なハリウッドの様子が実にドラマチックに描かれている。
エピソード6の以下の描写を見てみよう。
Under the moon the back lot was thirty acres of fairyland — not because the locations really looked like African jungles and French chateaux and schooners at anchor and Broadway by night, but because they looked like the torn picture books of childhood, like fragments of stories dancing in an open fire. I never lived in a house with an attic, but a back lot must be something like that, and at night of course in an enchanted distorted way, it all comes true.
月光の下、野外撮影場(バックロット)は三十エーカーのおとぎの国だった――この場所が本当にアメリカのジャングルのように見えるとか、フランスのお城や錨を下ろしたスクーナー船、夜のブロードウェイのように見えるからというわけではない。むしろ子供時代の絵本が破れて散らばり、野外の炎のなかでたくさんの物語の断片が踊っているように見えるからだ。わたしは屋根裏部屋のある家に住んだことはないが、住んだことがあるとしたら、野外撮影場(バックロット)はそのようなものに違いない。もちろん、夜になれば魔法によって歪みが生じ、そのすべてが本物になる。
in an enchanted distorted wayとenchanted のdistorted形容詞がふたつ-edで韻を踏んで出てくるあたりが文学作品という感じがするが、上岡訳では実に見事に処理されている。
動詞enchant(うっとりさせる、魅了する、魔法にかける)は次のように使われることもある。
○Practical Example
Vision was enchanted with the young, charmingly Wanda.
「ヴィジョンは若くて初々しいワンダに魅せられた」
『ラスト・タイクーン』、驚きの発見がいっぱいの作品だ。ぜひご覧いただきたい。
F・スコット・フィッツジェラルド
上岡伸雄編訳
本体2,800円
46判上製
ISBN978-4-86182-827-0
発行 2020.10
【内容】
ハリウッドで書かれたあまりにも早い遺作、著者の遺稿を再現した版からの初邦訳。映画界を舞台にした、初訳三作を含む短編四作品、西海岸から妻や娘、仲間たちに送った書簡二十四通を併録。最晩年のフィッツジェラルドを知る最良の一冊、日本オリジナル編集!
(…)本書に収めた「監督のお気に入り」、「最後のキス」、「体温」の三作など、フィッツジェラルドはハリウッドを舞台にした短編の執筆を試みている。これらは生前出版されなかったが、並行して一九三九年秋から長編『ラスト・タイクーン』を書き始め、短編で扱った素材を長編のほうに投入している。この久々の長編に対して彼がいかに情熱を傾けていたかも、手紙を通して伝わってくるだろう。なにしろ【あの:傍点】フィッツジェラルドが酒を断って取り組んでいたのだ。
本書は、このように手紙から彼のハリウッドでの生活をたどりつつ、その生活から生まれ出た作品を味わえるように構成されている。(「編訳者解説」より)
【内容目次】
ラスト・タイクーン
ハリウッド短編集
クレージー・サンデー
監督のお気に入り
最後のキス
体温
ハリウッドからの手紙
スコッティ・フィッツジェラルド宛 一九三七年七月
テッド・パラモア宛 一九三七年十月二十四日
ジョゼフ・マンキーウィッツ宛 一九三八年一月二十日
ハロルド・オーバー宛 一九三八年二月九日
デヴィッド・O・セルズニック宛 一九三九年一月十日
ケネス・リッタウアー宛 一九三九年九月二十九日
シーラ・グレアム宛 一九三九年十二月二日
マックスウェル・パーキンズ宛 一九四〇年五月二十日
ゼルダ・フィッツジェラルド宛 一九四〇年七月二十九日
ジェラルド&セアラ・マーフィ宛 一九四〇年夏
(ほか全24通)
編訳者解説
F・スコット・フィッツジェラルド(Francis Scott Fitzgerald)
1896年生まれ。ヘミングウェイ、フォークナーらと並び、20世紀前半のアメリカ文学を代表する作家。1920年、24歳のときに『楽園のこちら側』でデビュー。若者の風俗を生々しく描いたこの小説がベストセラーとなって、若い世代の代弁者的存在となる。同年、ゼルダ・セイヤーと結婚。1922年、長編第二作『美しく呪われた人たち』を刊行。1925年には20世紀文学を代表する傑作『グレート・ギャツビー』を発表した。しかし、その後は派手な生活を維持するために短編小説を乱発し、才能を擦り減らしていく。1934年、10年近くをかけた長編『夜はやさし』を発表。こちらをフィッツジェラルドの最高傑作と評価する者も多いが、売り上げは伸びず、1930年代後半からはハリウッドでシナリオを書いて糊口をしのぐ。1940年、心臓発作で死去。享年44。翌年、遺作となった未完の長編小説『ラスト・タイクーン』(本書)が刊行された。
上岡伸雄(かみおか・のぶお)
1958年生まれ。アメリカ文学者、学習院大学教授。訳書に、アンドリュー・ショーン・グリア『レス』、ヴィエト・タン・ウェン『シンパサイザー』(以上早川書房)、F・スコット・フィッツジェラルド『美しく呪われた人たち』(作品社)、ジョージ・ソーンダーズ『リンカーンとさまよえる霊魂たち』(河出書房新社)、シャーウッド・アンダーソン『ワインズバーグ、オハイオ』(新潮文庫)などがある。著書、編書も多数。