日々の恐怖 3月5日 眼球2
二年くらい働いて、先輩の営業が一人転属になりました。
わたしは無理を続けながら、段々、頭がハゲてきました。
ある日、ふと鏡の中の自分が、変に見えたんです。
こびへつらうような薄ら笑いを浮かべてることに気付きました。
口の周りにも作り笑いを浮かべていたせいか、皺がよってます。
成績と引き換えに悪くなった人相を見て悲しくなりました。
それからだんだんと食事が喉を通らなくなってきました。
自分のやっていることは正しいことなんだろうか。
クレームがつくたびに、怖くなっていって。
成績が落ちてきて、上司にも随分迷惑をかけました。
入社したての頃は厳しかったですが、期待に応え続けてきた信頼からか、
「 調子崩してるときはぱーっと遊べ。
おまえのこれまでの売り上げなら、二ヶ月でも三ヶ月でもいい。
でも、そのあとはしっかり仕事しろ。」
ありがたいお言葉をいただけました。
でも出かける気にもならなかったので、ずっと家にいました。
その女性に会ったのは、心配した先輩が家に訪ねてきてくれたのが切っ掛けです。
あまりに沈んでいるわたしを、先輩は家から連れ出してくれました。
行ったところは、クラブです。
「 酌でもしてもらったら、気がまぎれるんじゃないか。」
そう先輩は言ったのですが、わたしは大学時代の知り合いを前に呆然としました。
あちらも気付いたようで、気まずそうにしていました。
「 こいつが俺の言ってた我が社のホープだよ。
いまのうちにご機嫌うかがっといたら、きっと将来大金おとすぞ。」
それでも、そんな囃し言葉にのせられながら、久しぶりに酒を飲みました。
先輩が先に潰れてしまった後は、知り合いの彼女に、杯を空けては酒を注いでもらいました。
二人とも無言でした。
そして、帰り際に彼女に言われました。
「 疲れてる?」
“ そう、確かにわたしは疲れているな・・・・。”
そう思いました。
そのとき、交わした言葉は、この一言だけでした。
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