Kozue(胡都江)
~Twins of Formosa
一 胡蝶
あの時私は、
神のように美しく、
胡蝶のように儚い、二人の娘に出逢った。
出逢いは突然やってきた。
私一人のエレベータに、嬌声を上げながら胸元をセクシーに覗かせた一羽の華麗な胡蝶が舞い込んできたのだ。と思うと、爽やかな風が湧き起こり、一面を梅の花香で充たした。
続いてもう一羽。こちらの胡蝶はチャイナドレスを身に纏い、しずしずと、ゆっくりと、大股で入って来た。
なんて美しいんだ! まるで神のようだ。
二人は、それぞれに私をチラッと盗み見、顔を見合わせて微笑んだ。私が何者なのかを知っているようだ。
出逢いの場所は熱海グレートホテル。お宮の松で有名な、熱海の海岸通に有った。私はこのホテルのショーの舞台監督として雇われて来たのだ。
二人はこのホテルで三月から興業する、女剣劇・市村胡蝶一座の娘で、姉が湖都江(ミズエ)、妹が胡都江(コズエ)という名の一卵性双生児で、十八になったばかりだった。
コズエは思い切ったショートカットで、目鼻立ちのハッキリした丸顔で大きな輝く鋭い眼を持っていた。例えれば、京都三十三間堂の千手観音、そのどの顔ともどこか似ていた。観音が怒りを発し、カッと眼を見開いたらこんな面相に成るに違いない。
姉のミズエは、肩までの長い髪、細面の瓜実顔で、キリッとした切れ長の美しい眼を持っていた。広隆寺の弥勒菩薩を思えば良いかも知れない。
この美しく華麗な姉妹はまるで他人の顔を持ち、それぞれの個性を限りなく発散していた。顔も目も、身に着けている物も、何から何まで正反対だったのだ。
コズエの胸元が微かに乳首を残して私を誘惑している。
私は目のやり場に窮した。胸から眼をはずして視線を下げれば、ドレスからはみ出した太股が私を誘う。恥ずかしながら狼狽の極みに達した。気を静めようと瞑想して深呼吸を、一度、二度、三度と重ねてゆっくりと目を開けた。姉妹の視線が私に集中していた。ミズエは涼しげに、コズエは挑発するように微妙な微笑みを浮かべていた。
思い切って私はコズエの顔を直視した。
そのコズエは三角の鼻眼鏡の上から瞬きもせずに私を見つめていた。
こうやって、この娘は私をずっと見ていたのに違いない。
ピンクのルージュから白い歯が零れた。
絶えきれずにコズエから目をそらして、今度はミズエを見た。
目を伏せて慎ましやかに立っているミズエ。私はこんな娘が好みだ。
ミズエはチラッと私を見て、直ぐにまた目を伏せた。その美しい顔が忽ち薄紅色に染まった。
その業務用のエレベータが八階に止まり、ミズエが取り澄ましながらも小走りに出、コズエが従った。
エレベータから足を踏み出した私は眩い陽光に目潰しを喰らって立ち竦んでしまった。
天井から床までの大きな窓から差し込む、春の日射しに身を晒してしまったのだ。腕で陽を遮ると、ようやく視界がはっきりとして来た。
陽溜まりの中で、コズエが私をみつめていた。
ゆっくりと、ゆっくりと、スローモーションのように後ずさりしていくコズエ、時の流れが止まったような錯覚に襲われた。壁と柱と、うずたかく積まれた膳部が創る暗闇に紛れて、コズエの姿がフッと掻き消えた。
闇の中で、コズエが囁いた、
「ハヤク! みんな待っていてよ」
ハッキリと聞こえた。いや、聞こえた分けで無く、心で感じたのだ。テレパシーかも知れない。コズエという娘は不思議な能力を持っていたのだ。人の心を掴み、魂の芯に語り掛ける。
暗闇の中で、コズエの目だけが美しくもキラキラと光っていた。
2016年11月28日 Gorou
~Twins of Formosa
一 胡蝶
あの時私は、
神のように美しく、
胡蝶のように儚い、二人の娘に出逢った。
出逢いは突然やってきた。
私一人のエレベータに、嬌声を上げながら胸元をセクシーに覗かせた一羽の華麗な胡蝶が舞い込んできたのだ。と思うと、爽やかな風が湧き起こり、一面を梅の花香で充たした。
続いてもう一羽。こちらの胡蝶はチャイナドレスを身に纏い、しずしずと、ゆっくりと、大股で入って来た。
なんて美しいんだ! まるで神のようだ。
二人は、それぞれに私をチラッと盗み見、顔を見合わせて微笑んだ。私が何者なのかを知っているようだ。
出逢いの場所は熱海グレートホテル。お宮の松で有名な、熱海の海岸通に有った。私はこのホテルのショーの舞台監督として雇われて来たのだ。
二人はこのホテルで三月から興業する、女剣劇・市村胡蝶一座の娘で、姉が湖都江(ミズエ)、妹が胡都江(コズエ)という名の一卵性双生児で、十八になったばかりだった。
コズエは思い切ったショートカットで、目鼻立ちのハッキリした丸顔で大きな輝く鋭い眼を持っていた。例えれば、京都三十三間堂の千手観音、そのどの顔ともどこか似ていた。観音が怒りを発し、カッと眼を見開いたらこんな面相に成るに違いない。
姉のミズエは、肩までの長い髪、細面の瓜実顔で、キリッとした切れ長の美しい眼を持っていた。広隆寺の弥勒菩薩を思えば良いかも知れない。
この美しく華麗な姉妹はまるで他人の顔を持ち、それぞれの個性を限りなく発散していた。顔も目も、身に着けている物も、何から何まで正反対だったのだ。
コズエの胸元が微かに乳首を残して私を誘惑している。
私は目のやり場に窮した。胸から眼をはずして視線を下げれば、ドレスからはみ出した太股が私を誘う。恥ずかしながら狼狽の極みに達した。気を静めようと瞑想して深呼吸を、一度、二度、三度と重ねてゆっくりと目を開けた。姉妹の視線が私に集中していた。ミズエは涼しげに、コズエは挑発するように微妙な微笑みを浮かべていた。
思い切って私はコズエの顔を直視した。
そのコズエは三角の鼻眼鏡の上から瞬きもせずに私を見つめていた。
こうやって、この娘は私をずっと見ていたのに違いない。
ピンクのルージュから白い歯が零れた。
絶えきれずにコズエから目をそらして、今度はミズエを見た。
目を伏せて慎ましやかに立っているミズエ。私はこんな娘が好みだ。
ミズエはチラッと私を見て、直ぐにまた目を伏せた。その美しい顔が忽ち薄紅色に染まった。
その業務用のエレベータが八階に止まり、ミズエが取り澄ましながらも小走りに出、コズエが従った。
エレベータから足を踏み出した私は眩い陽光に目潰しを喰らって立ち竦んでしまった。
天井から床までの大きな窓から差し込む、春の日射しに身を晒してしまったのだ。腕で陽を遮ると、ようやく視界がはっきりとして来た。
陽溜まりの中で、コズエが私をみつめていた。
ゆっくりと、ゆっくりと、スローモーションのように後ずさりしていくコズエ、時の流れが止まったような錯覚に襲われた。壁と柱と、うずたかく積まれた膳部が創る暗闇に紛れて、コズエの姿がフッと掻き消えた。
闇の中で、コズエが囁いた、
「ハヤク! みんな待っていてよ」
ハッキリと聞こえた。いや、聞こえた分けで無く、心で感じたのだ。テレパシーかも知れない。コズエという娘は不思議な能力を持っていたのだ。人の心を掴み、魂の芯に語り掛ける。
暗闇の中で、コズエの目だけが美しくもキラキラと光っていた。
2016年11月28日 Gorou
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