そのⅩⅤ 本能寺
京都御馬揃えの前日も当夜も、信長は本能寺に宿泊した。
以後も京に出るときは、必ずと言って良いほど本能寺に泊まった。警護の侍
は百人程だった。
本能寺は寺とは言え、塀は高く、堀や土塁を築いて、小さな砦と変わらぬ防
備力を持っていたのと、京の治安が良かったから、信長は本能寺が襲われよう
とは夢にも思わなかった。
年が明けた正月の中頃、丹波屋が本能寺の信長に年賀の挨拶に参上した。
「いつもながら気前が良いの、丹治屋」
「手前どもが安心して商売に励めるのは、上様あっての事で御座います」
平伏していた丹波屋が僅かに顔を上げて信長を拝謁した。
信長は胡座をかいて、両腕を膝当てに置いていた。自然と信長は横目で丹波
屋を見る事になった。
「許す、面をあげよ」
丹波屋はようやく顔を上げたが、後ろに控えている三人の娘は平伏したまま
だった。
「丹波屋、お前の後ろに控える女達は耳が聞こえぬのか?」
「上様を直接拝顔する等恐れ多い事と躾けて参りましたので、容易には顔を上
げませぬ」
信長は益々顔が見たくなった。
「では命じる。戦場での下知と心得よ」
一番年若の娘が顔を上げて信長を直視した。
隣の娘が袖を引きながらもやや顔を上げた。
「名は?」
「楓、・・・と申します」
信長が睨めば、その倍の眼力でその娘は睨み返した。
苦笑を浮かべる信長。
「丹波屋、これで躾けられておるのか?」
「はい、わたくしの実の娘として養育をし、行儀作法から四書五経まで仕込ま
れた、才色兼備の娘達で御座います」
風が上体を起こし、背筋を伸ばして信長を優しい眼で見詰め、微笑みを浮か
べた。
続いて林も顔を上げたが、その眼は信長を怖れていた。
「わたくしは蒼ともうしあげます。尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます。嬉し
ゅう御座います」
「わたくしは翠と申します」
林の声は震え、その後が聞こえなかった。
ためかどうか、信長が更に身を乗り出して三人を見詰めた。
見詰めて小首を傾げた。どこかで見た事があるような気がしたのだ。
「丹波屋、その風変わりな娘達をわしに呉れると言うのか?」
「滅相も御座いません。安土の上様に仕えさせるには身分が違いすぎます。本
能寺に来られた時だけ、この三人を追い使って下さいませ」
「ふーむ。良きかな。抹香臭い坊主と薹の立った小姓共の顔も見飽きた。たま
にはそれぞれに咲き様の違う華を愛でるのも風雅」
こうして、三姉妹は本能寺で信長の身の回りの世話をする事となった。
ようやく敵の懐に飛び込んだのだ。
信長は三姉妹を気に入ったようだ。特に凜とした美しさと優しさを持つ蒼に
はご執心だった。
翠の淑やかさと細やかさも捨てがたく、一番若い楓はじゃじゃ馬で、時には
無礼なことを平気で言ったりするのが可愛いと思えるのである。
信長は三姉妹を自分の侍女、いや、娼とさえ思っていた。いずれは三人とも
抱くつもりであった。
二月に入って直ぐ、風が夜伽を命じられた。
「風よ、絶好の好機では有りませんか」と、林。
「飛んで火に入る夏の虫。生意気な奴じゃ、始末してしまおう」と、火。
「林よ、火よ、それで良いのだろうか? 我らは二人のお屋形様の敵を討つた
めに今まで艱難辛苦を嘗めて来た。寝首を掻けば、信長という男の命を奪うだ
けのこと。わたしは信長の取った天下をひっくり返したいのじゃ」
取りあえず準備だけはして様子を見ることにした。
その夜、風が信長の寝所の襖越しに声を掛けた。
勿論、身体の隅から隅まで囚人が如く調べられていた。
「上様」
「誰だ?」
中から信長の声がした。
誰だ、はないでしょうと、風は少し腹を立てて再び声を掛けた。
「上様、お申し付けに従い、参りまして御座います」
「おお、そうであるか。許す、襖を開けて中に入れ。廊下では寒かろう」
中は温かい、というよりは熱かった。
信長は肌着の上から丹前を羽織り、大火鉢を抱え込んでいた。余程の寒がり
なのだろう。
蒼を見た信長の顔が綻んだ。
「そこではまだ寒かろう。近くによって、そなたも火鉢に当たれ」
蒼は膝を滲ませ、両手を火鉢に掲げた。
「上様は、お寒いのはお嫌い?」
「大嫌いじゃ」
「そなたは?」
「わたくしは、寒いのも暑いのも平気で御座います。真夏でも汗一つ掻きませ
ぬ」
「嘘を申せ、確かめるぞ」
「まあ、嬉しぅ御座います。夏までご寵愛を頂けるのですね」
「今の所その気だ。ところで、寒がらぬのはそなたの身体が温かいからか?」
「さあ、お試しになっては?」
「うむ、ならば裸になれ」
行燈の火を消そうとする蒼。
「成らぬ、消しては成らぬ」
「上様、ご趣味が悪ろう御座います」
風は、そう言いながらも、さらりと肌着を脱ぎ捨てて裸になった。
悪びれること無く凜として立っていたが、それでも右の懐で乳房を隠し、左
の手のひらで前を隠した。
無遠慮な信長の目が蒼の肉体を這いずり回った。
視線に堪えかねた風が頭を激しく振ると、束ねていた豊かな乱れ髪が上半身
を隠した。
あとは両手で大事な所を覆った。
「蒼よ、布団の上に仰向けで寝よ」
「はい、でも上様、行燈だけは堪忍」
素直に行燈の灯りを落とす信長、丹前のまま蒼の上に覆い被さって来た。
力の限りで蒼の肉体をかき抱く信長。
「そなたの身体は温かい。本当に温かい」
「上様が火をお付けになったから」
「憂いことを言う。哀しく思うぞ蒼」
蒼の肉体、乳房から乳首、そして腹を這って下半身へと愛撫する信長の手
は、思いの外優しかった。
信長の手が女陰の入り口に差し掛かろうとした時、天井の隙間から忍刀がス
ルスルと降りて来た。林と火が天井裏に潜んでいたのだ。
眼前の忍刀を見詰める風の眼が霞んできた。
信長の手が女陰を愛撫し、指が中に入ってきたのだ。
「ああーっ」
思わず嗚咽を漏らす風。こんな事は初めてだった。常は、風が男を意のまま
に操って、思うがままに果てさせていたのだ。気をいかされた経験が無かっ
た。だけに激しく肉体が反応してしまった。
「上様、・・・上様」
狂おしく顔を振り、快感に頬を紅潮させる風の肉体が炎のように燃え上がっ
た。
風の眼前に有った忍刀がスーッと天井に上がって行き、やがて消えた。
三月、四月、五月に成っても、信長の蒼への寵愛は止むことは無く、益々愛
おしさを増していった。愛撫に敏感に反応する肉体をも慈しんだ。
ある夜、寝床で蒼が信長に聞いた。
「なぜ、林と火には伽を命じないのですか?」
「あれたちはそなたの実の妹であろう。わしはそれ程悪趣味では無い」
風の様子がおかしいので、林と火が森林の中でひそひそ話をしていた。
「風は大丈夫だろうか?」
「心変わりをしていたなら、いっそわしら二人で片付けてしまおう」
突然、風が木の上から降ってきた。
「林よ、火よ、懸念は無用。機会を伺っているだけじゃ」
と言い放つと、風のように走って行った。
風は走りながら、思わずも腹部を撫でていた。覚悟は変わらぬが、思わぬ不覚
を取っていたのかも知れないと案じていた。
2017年2月25日 Gorou
京都御馬揃えの前日も当夜も、信長は本能寺に宿泊した。
以後も京に出るときは、必ずと言って良いほど本能寺に泊まった。警護の侍
は百人程だった。
本能寺は寺とは言え、塀は高く、堀や土塁を築いて、小さな砦と変わらぬ防
備力を持っていたのと、京の治安が良かったから、信長は本能寺が襲われよう
とは夢にも思わなかった。
年が明けた正月の中頃、丹波屋が本能寺の信長に年賀の挨拶に参上した。
「いつもながら気前が良いの、丹治屋」
「手前どもが安心して商売に励めるのは、上様あっての事で御座います」
平伏していた丹波屋が僅かに顔を上げて信長を拝謁した。
信長は胡座をかいて、両腕を膝当てに置いていた。自然と信長は横目で丹波
屋を見る事になった。
「許す、面をあげよ」
丹波屋はようやく顔を上げたが、後ろに控えている三人の娘は平伏したまま
だった。
「丹波屋、お前の後ろに控える女達は耳が聞こえぬのか?」
「上様を直接拝顔する等恐れ多い事と躾けて参りましたので、容易には顔を上
げませぬ」
信長は益々顔が見たくなった。
「では命じる。戦場での下知と心得よ」
一番年若の娘が顔を上げて信長を直視した。
隣の娘が袖を引きながらもやや顔を上げた。
「名は?」
「楓、・・・と申します」
信長が睨めば、その倍の眼力でその娘は睨み返した。
苦笑を浮かべる信長。
「丹波屋、これで躾けられておるのか?」
「はい、わたくしの実の娘として養育をし、行儀作法から四書五経まで仕込ま
れた、才色兼備の娘達で御座います」
風が上体を起こし、背筋を伸ばして信長を優しい眼で見詰め、微笑みを浮か
べた。
続いて林も顔を上げたが、その眼は信長を怖れていた。
「わたくしは蒼ともうしあげます。尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます。嬉し
ゅう御座います」
「わたくしは翠と申します」
林の声は震え、その後が聞こえなかった。
ためかどうか、信長が更に身を乗り出して三人を見詰めた。
見詰めて小首を傾げた。どこかで見た事があるような気がしたのだ。
「丹波屋、その風変わりな娘達をわしに呉れると言うのか?」
「滅相も御座いません。安土の上様に仕えさせるには身分が違いすぎます。本
能寺に来られた時だけ、この三人を追い使って下さいませ」
「ふーむ。良きかな。抹香臭い坊主と薹の立った小姓共の顔も見飽きた。たま
にはそれぞれに咲き様の違う華を愛でるのも風雅」
こうして、三姉妹は本能寺で信長の身の回りの世話をする事となった。
ようやく敵の懐に飛び込んだのだ。
信長は三姉妹を気に入ったようだ。特に凜とした美しさと優しさを持つ蒼に
はご執心だった。
翠の淑やかさと細やかさも捨てがたく、一番若い楓はじゃじゃ馬で、時には
無礼なことを平気で言ったりするのが可愛いと思えるのである。
信長は三姉妹を自分の侍女、いや、娼とさえ思っていた。いずれは三人とも
抱くつもりであった。
二月に入って直ぐ、風が夜伽を命じられた。
「風よ、絶好の好機では有りませんか」と、林。
「飛んで火に入る夏の虫。生意気な奴じゃ、始末してしまおう」と、火。
「林よ、火よ、それで良いのだろうか? 我らは二人のお屋形様の敵を討つた
めに今まで艱難辛苦を嘗めて来た。寝首を掻けば、信長という男の命を奪うだ
けのこと。わたしは信長の取った天下をひっくり返したいのじゃ」
取りあえず準備だけはして様子を見ることにした。
その夜、風が信長の寝所の襖越しに声を掛けた。
勿論、身体の隅から隅まで囚人が如く調べられていた。
「上様」
「誰だ?」
中から信長の声がした。
誰だ、はないでしょうと、風は少し腹を立てて再び声を掛けた。
「上様、お申し付けに従い、参りまして御座います」
「おお、そうであるか。許す、襖を開けて中に入れ。廊下では寒かろう」
中は温かい、というよりは熱かった。
信長は肌着の上から丹前を羽織り、大火鉢を抱え込んでいた。余程の寒がり
なのだろう。
蒼を見た信長の顔が綻んだ。
「そこではまだ寒かろう。近くによって、そなたも火鉢に当たれ」
蒼は膝を滲ませ、両手を火鉢に掲げた。
「上様は、お寒いのはお嫌い?」
「大嫌いじゃ」
「そなたは?」
「わたくしは、寒いのも暑いのも平気で御座います。真夏でも汗一つ掻きませ
ぬ」
「嘘を申せ、確かめるぞ」
「まあ、嬉しぅ御座います。夏までご寵愛を頂けるのですね」
「今の所その気だ。ところで、寒がらぬのはそなたの身体が温かいからか?」
「さあ、お試しになっては?」
「うむ、ならば裸になれ」
行燈の火を消そうとする蒼。
「成らぬ、消しては成らぬ」
「上様、ご趣味が悪ろう御座います」
風は、そう言いながらも、さらりと肌着を脱ぎ捨てて裸になった。
悪びれること無く凜として立っていたが、それでも右の懐で乳房を隠し、左
の手のひらで前を隠した。
無遠慮な信長の目が蒼の肉体を這いずり回った。
視線に堪えかねた風が頭を激しく振ると、束ねていた豊かな乱れ髪が上半身
を隠した。
あとは両手で大事な所を覆った。
「蒼よ、布団の上に仰向けで寝よ」
「はい、でも上様、行燈だけは堪忍」
素直に行燈の灯りを落とす信長、丹前のまま蒼の上に覆い被さって来た。
力の限りで蒼の肉体をかき抱く信長。
「そなたの身体は温かい。本当に温かい」
「上様が火をお付けになったから」
「憂いことを言う。哀しく思うぞ蒼」
蒼の肉体、乳房から乳首、そして腹を這って下半身へと愛撫する信長の手
は、思いの外優しかった。
信長の手が女陰の入り口に差し掛かろうとした時、天井の隙間から忍刀がス
ルスルと降りて来た。林と火が天井裏に潜んでいたのだ。
眼前の忍刀を見詰める風の眼が霞んできた。
信長の手が女陰を愛撫し、指が中に入ってきたのだ。
「ああーっ」
思わず嗚咽を漏らす風。こんな事は初めてだった。常は、風が男を意のまま
に操って、思うがままに果てさせていたのだ。気をいかされた経験が無かっ
た。だけに激しく肉体が反応してしまった。
「上様、・・・上様」
狂おしく顔を振り、快感に頬を紅潮させる風の肉体が炎のように燃え上がっ
た。
風の眼前に有った忍刀がスーッと天井に上がって行き、やがて消えた。
三月、四月、五月に成っても、信長の蒼への寵愛は止むことは無く、益々愛
おしさを増していった。愛撫に敏感に反応する肉体をも慈しんだ。
ある夜、寝床で蒼が信長に聞いた。
「なぜ、林と火には伽を命じないのですか?」
「あれたちはそなたの実の妹であろう。わしはそれ程悪趣味では無い」
風の様子がおかしいので、林と火が森林の中でひそひそ話をしていた。
「風は大丈夫だろうか?」
「心変わりをしていたなら、いっそわしら二人で片付けてしまおう」
突然、風が木の上から降ってきた。
「林よ、火よ、懸念は無用。機会を伺っているだけじゃ」
と言い放つと、風のように走って行った。
風は走りながら、思わずも腹部を撫でていた。覚悟は変わらぬが、思わぬ不覚
を取っていたのかも知れないと案じていた。
2017年2月25日 Gorou
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