彦根藩二代当主である井伊直孝公をお寺の門前で手招き雷雨から救
ったと伝えられる"招き猫"と、井伊軍団のシンボルとも言える赤備
え。(戦国時代の軍団編成の一種で、あらゆる武具を朱塗りにした
部隊編のこと)の兜(かぶと)を合体させて生まれたキャラクタ。
6月20日、スイス・ローザンヌに拠点を置くビジネススクール「国
際経営開発研究所(IMD)」は各国の経営環境などを評価する「世界競
争力ランキング」の2023年版を発表。日本は昨年より1つ順位を落と
し、35位と過去最低を更新する。ランキングによると、デンマーク
は2年連続の1位となった。ビジネスや政府の効率性、インフラ整備
が高く評価された。2位は高い経済指標の後押しを受けたアイルラ
ンドとなった。昨年の11位から順位を急上昇させた。3位はスイス
となっている。
2022.06.20
デンマークといえば、風力発電百パーセントで余剰電力は欧州各
国に送電するエネルギー大国だというのが第一印象だが?それにし
ても何故世界一になるたのか? デンマークのほとんどの企業は、規
模が非常に小さい中小企業で構成され、人件費も生活費も非常に高
いうえ、小国だから国内市場は小さい。だから、成功している企業
は例外なく、国際市場を見ている。そして、海外の顧客が高い価格
でも喜んで払うような製品やサービスを提供しているとか(via Bu-
siness Insider Japan, 2022.12.7)。そして、デンマークでは大企業とさ
れている企業、例えば、玩具メーカーのレゴや、糖尿病治療薬で知
られるノボノルディスクなどを含め、デンマークで成功している企
業の共通点は1つのニッチな分野に深く特化していること。
そして、こうした企業が狙うのは「アップマーケット」と呼ばれる高
級市場である。もちろん、皆が皆そんな企業というわけじゃなく、
大企業の下請けだってたくさんある。でも、成功している企業の共
通点は、非常に創造性に富み、国際的視野を持った、ニッチに特化
した企業。そして、デンマークと他の国の間に違いかあるとすれば、
これを、研究開発部門を持つような大企業ではなく、ごく小さな企
業でもできるという説明主要因をもつが、もちろん、皆が皆そんな
企業というわけじゃなく、大企業の下請けだってたくさんあるが(
安堵?!)。成功している企業の共通点は、非常に創造性に富み、
国際的視野を持った、ニッチに特化企業(日本では、キーエンスに
該当するかな?)そして、デンマークと他の圃との間に違いかある
とすれば、これを、研究開発部門を持つような大企業ではなく、ご
く小さな企業でもできるという点だと地元識者は説明している。
説明はそれだけでない、溶接工や機械オペレーターといった職業で
も4~5年の訓練を受けるなど、教育やスキル向上に力を入れている
ため、一般労働者の教育レベルが高いこと。はたまた子どもの頃か
ら先生に対しても意見を言うよう教育されてきたこともあり、上司
や社長に対 しても物申す企業文化があり、そのようなフラットざか
自由なアイデアとイノベーションを育んでいると補足しているが、
言い換えれば、スマートで個性豊かな勤労者を生んでいる労働・厚
生環境が充実している----言い換えればブラック企業が横行する日
本社会とは対象的ではないか----と感じた。
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※デンマーク企業の98.5%は従業員50人未満の小企業、250人以上
の企業は0.3%しかない。
Captura offers a critical tool in the fight against climate change utilizing unique
特集|直接海洋回収技術とは
脱酸素技術に新星が現れた。カリフォルニアエ科大学のスピンオ
フ企業キャプチュラ(2021年設立)は、地球表面の70%を占める海洋
を活用することで、大気中の二酸化炭素を低コストで除去する施設
の建設を目指している。
海水には大気から二酸化炭素を吸収する性質がある。同社の技術
DOC(ダイレクト・オーシャン・キャプチャー)はこれを利用する。
まず、ろ過した海水をプラント内に引き込み、再生可能エネルギー
を使って海水を電気処理し二酸化炭素を除去する。取り出した二酸
化炭素は永久的に隔離されるか炭素製品に活用される。二酸化炭素
を含まない海水は海へ戻され、再び二酸化炭素を吸収するという流
れだ。海水を海に戻すため、海洋生物への影響は最小限に抑えるこ
とができるという。
昨夏から実験的な運用が始まっている。また今年5月には、数カ
月内にロサンゼルス港の官民海洋研究所アルタシーのキャンパスで
2つ目のシステムの実証試験を開始すると発表。この2基目は、海
から年間100トンの二酸化炭素を回収できる。
キャプチュラのテクノロジーの強みは、再生可能エネルギーの供
給と海水があれば世界のどこでも導入できることだ。また、沖合に
設置すれば土地利用上の課題も解消される。同社は将来、ライセン
ス供与してグローバルに展開したいという。
図 1 (a) 海水から CO2 を除去するための塩化物媒介電気化学 pH
スイング システムの一般原理。 (b) 各ステップにおけるビスマス
(赤) 電極と銀 (青) 電極での電気化学反応、およびその後の酸性化
した海水中での CO2 放出
【関連論文】
Title:Asymmetric chloride-mediated electrochemical process for CO2
removal from oceanwater, ※
DOI: 10.1039/D2EE03804H
(Paper) Energy Environ. Sci., 2023, 16, 2030-2044
【概論】
大気中の二酸化炭素の継続的な蓄積が気温の上昇と地球規模の気候
パターンの混乱につながるため、産業による二酸化炭素の排出は環
境に大損害を与えている。この問題を緩和するために、点発生源か
らの CO2 排出量を削減することに加えて、周囲環境から二酸化炭素
を直接除去するネガティブエミッション技術が注目されているが、
非常に希薄なレベルの CO2 が除去を困難にしている。海洋に分配さ
れるCO2 排出総量は大気中に保持されるCO2排出量に匹敵し、効果的
な除去手段は、他のマイナス排出技術を強化し、この温室効果ガス
による環境負荷を軽減できる可能性がある。海水から CO2を除去す
るアプローチは、水の pHを約 8.1 から 7未満に調整し、炭酸塩お
よび重炭酸塩からの溶存無機炭素 (DIC) の種分化が分子状 CO2 に
確実に変化し、その後真空下で除去することに依存させる。化学物
質の添加を必要とせず、望ましくない化合物の形成による寄生反応
を引き起こさないアプローチが特定されることが望ましい。このた
め電気化学システムは、制御可能な方法で電子供給し反応促進でき、
化学的使用や寄生反応を回避でき、海水の pH 変動に適した選択肢
と考えられていた。海水からの CO2 除去に関する現在の研究では、
双極膜電気透析 (BPMED) が使用されているが、双極膜の高コストが
プロセスの商用化を妨げる可能性があり、これらの構造の一部では、
有毒な酸化還元対が海水に漏れるリスクさにさらされる。ここでは、
最初にCO2を放出し、次に海洋に戻す前に処理水をアルカリ化するた
めのpHの電気化学的調整のみに基づいた新しいアプローチを提案す
る。このアプローチは、(i)高価な膜や化学薬品の追加を必要とせず、
(ⅱ) 展開が簡単で、(ⅲ) 副生成物や二次的生成物を引き起こさず、
(iv) 必要なエネルギー入力が少なくて済み(122 kJ mol-1)。私た
ちの知る限り、他のアプローチより優れており、さらに、予備的な
技術経済分析では、この海洋捕獲システムが経済的に実現可能であ
ることを示唆する。
画像:CarbonCapture Inc
期待の脱炭素技術DAC(直接空気期回収)の研究実用化が各地で進
んでいる。米国では、史上最大になると言われている巨大なサイズ
のDAC施設の建設が進行。ワイオミング州のDACプ ラント「バイ
ソン」は、ロサンゼルスのカーボ ン・キャプチャー社とダラスのフロ
ンティア・カーボン・ソリューションズ社による一大プロジェクト。
2024年後半に最初の モジュールの稼働を予定し、2030年に全てが
完成した時点で、年間500方トンのCO2(1年間に約100万台の自動車
が排 出する量)を除去する見込み。
回収したCO2は地中深くに埋め、カー ボン・クレジットとして販
売される。マイク ロソフト社は、このクレジットを購入する 契約
をすでに交わした。
DAC建設には多額の費用が必要だが、民間セクターからの支援に
加え、米国では昨夏成立したインフレ抑制法によりクリーンエネル
ギーの分野でも各種設備の導入に大幅な税額控除が認められ、DAC
やCCS(CO2回収・貯留)に追い風が吹い ている。ワイオミング州
が選択された理由は、安価な再生可能エネルギーヘのアクス、手頃
な土地価格、最適な炭素貯蔵 場所が近隣にある点など、コスト低減
の要 素に恵まれている。カーボン・キャプチャー社の経営責任者は、
今後、さまざまな地域で多様なプロジェクトを展開したいと語る。
06/01/2023
【再エネ革命渦論 139: アフターコロナ時代 338】
● 技術的特異点でエンドレス・サーフィング
特異点真っ直中 ㉒
ここ数年の科学技術進展に驚く昨今。今日も気になる事例を摘出。
✺ ペロブスカイト太陽電池で空気監視実証
6月19日、東京都と,自治体として初となる「ペロブスカイト太陽電池」を
用いた空気質モニタリングソリューションの実証事業を開始したと発表。
ペロブスカイト太陽電池は,薄く,軽く,曲がり,材料によって半透明にす
ることが可能なことから,次世代太陽電池として注目されている。少ない
光量でも発電することができるため,身の回りの小型電子機器や,これま
で太陽光パネルを設置できなかったようなビルの壁面,宇宙空間など,さ
まざまな場所で独立電源を得ることが可能となり,大面積塗布技術によ
って大幅なコスト削減も期待されている。 マクニカは,昨年,京都大学発
スタートアップのエネコートテクノロジーズの「ペロブスカイト太陽電池」を
採用した空気質センサーを開発,実証実験を続けてきたが,今回東京都
の協力のもと,エネコートと三者で,自治体として初,また実オフィス環境
下においても初となる実証事業を開始する。使用する「空気質センサー」
は,空気の品質を常時チェックし,モニターする。CO2,PM(ほこり,ちり)
,有害物質,および湿度・温度の数値から,快適に過ごせる空気質空間
かを可視化する(商品名「AiryQonnect(エアリーコネクト)」)。
今回「ペロブスカイト太陽電池」を組み込むことで,独立電源を確保し,
設置場所の自由度やバッテリー交換不要といった面で,環境負荷の少な
い空気質の観測が可能になることが期待される。
同社は今後,東京都庁の執務室内を,空気質モニタリング(CO2,温湿
度,照度)の実証の場として活用し,「ペロブスカイト太陽電池」搭載のIoT
センサー端末の量産化に向けて,検討・検証を進めていく。 三者はこれ
を機に,「ペロブスカイト太陽電池」の実用化と,空気質改善によ
る都民の生活品質の向上が実現できるよう,積極的に取り組んでい
くとしている。
安全な遠紫外線が殺菌に最も有効
コロナウイルスの紫外線殺菌において人体に照射しても安全な遠
紫外線が最も有効に殺菌効果を有することを実証!人体に安全な
感染防止空間の実現へ
6月19日、熊本大学らの研究グループは、コロナウイルスの感染経
路としてエアロゾル感染(空気感染)と⾶沫感染があります。コロ
ナウイルスの変異株のいくつか(例えばBA株)は感染⼒が⾮常に強
いため、5類感染症に移⾏しマスクの着⽤は個⼈の判断に委ねられ
る現段階においては、感染症の再流⾏が起こる可能性も否定できな
いため、⼤規模空間での感染対策は以前にも増してその重要性が⾼
まっている。
感染拡⼤を防⽌し、かつ簡便に殺菌をおこなえる⼿段の⼀つとし
て、紫外線が有効であるが、従来⽤いられている紫外線(例えば⽔
銀灯から発せられる深紫外線)は、⼈体のタンパク質やDNA に損傷
を与えるため、この深紫外線を⽤いて⼈が存在する空間を殺菌し、
ウイルスの感染防⽌を⾏うことは法律で厳しく制限されています(
1 ⽇に照射できる深紫外線量は極微量)。
近年では、⼈体に照射しても安全な“遠紫外線”が新しい殺菌光
として注⽬を集めていますが、コロナウイルスの種々の感染⼒の⾼
い変異株に対して、この遠紫外線が従来の深紫外線と⽐較してどの
程度殺菌効果を有するのか、系統的かつ定量的な実験及び評価は為
されていなかぅた。(従来は、様々な研究機関が、市販されている
殺菌光源(例えば⽔銀灯)を⽤いてコロナウイルスの感染⼒を評価
していた。)
図1.(a)新たに構築した波⻑可変紫外線照射光源。波⻑170 nm〜
2000 nm を出⼒する光源から波⻑選択素⼦(⼲渉フィルター)を⽤
いて、図(b)に⽰すように照射波⻑を選択(遠紫外線︓200 nm及び
220 nm、深紫外線︓240 nm 及び260 nm)。単⼀波⻑の遠紫外線ま
たは深紫外線をコロナウイルスに照射して、その殺菌効果をTCID50
法及びq-PCR 法で評価。
図2.各紫外線照射波⻑におけるSARS-CoV-2 BA.2 及びBA.5ウイル
スの殺菌効果を評価した結果。(a)220nm(BA.2︔濃緑、BA.5︔淡緑
)及び(b) 260nm(BA.2︔濃⾚、BA.5︔薄⾚)。丸印はTCID50で得
られたウイルス感染⼒(ウイルス⼒価)の紫外線照射線量に対する
低下度合いを⽰し、四⾓印はq-PCRで得られたウイルス感染⼒(RNA
増幅率)の紫外線照射線量に対する低下度合いを⽰す。
図2 の結果より、220 nm の⼈体に照射しても安全な遠紫外線 [(a)
の結果] は,⼈体に悪い影響を及ぼす260 nmの深紫外線[(b)の結果]
と同程度に⾼い殺菌効果を有することが判明。⼈体に照射できる紫
外線量の閾値(⼈体に1 ⽇に照射して良い紫外線総量)を考慮すると
遠紫外線(220 nm)は深紫外線(260 nm)と⽐べて⾮常に有効で
あることが判る----1 ⽇に照射できる紫外線の総量は、220 nm で
25 mJ/cm2、260 nm で3 mJ/cm2 ですが、これらの値と今回得られた
結果の双⽅を考慮うると、220 nmで25 mJ/cm2 の遠紫外線を照射す
れば、コロナウイルス量を1/1000まで殺菌できるのに対して、260nm
で3 mJ/cm2の照射ではコロナウイルス量を1/3 までしか低減できない
ことが判る。従って、⼈体への 安全性を考慮すると、⼀般的に使⽤
されている深紫外線波⻑域(235〜315 nm)と⽐較して、遠紫外線は
コロナウイルスを効率良く殺菌できることが今回の研究で判明し。
また、今回の論⽂では、コロナウイルス紫外線殺菌効果を更に⾼め
るための光学理論を提唱しました。⽔の微粒⼦内で紫外線強度が増
強する効果(ミー散乱6 増強効果)を利⽤するものである。
図3. ⽔滴内における遠紫外線(220 nm)増強効果を理論的に計
算した結果。縦軸は紫外線の増強度、横軸はサイズパラメーター(
2・×⽔の微粒⼦半径/220 nm)。遠紫外線の強度が⽔滴内全体で平
均すると2から3 倍⾼くなる結果を⽰している。挿図は,⽔滴(直径
400 nm)表⾯部は特に遠紫外線(220 nm)の増強効果が⾼い(10
倍以上)様⼦を⽰している。
遠紫外線(220 nm)の⽅が、従来殺菌に利⽤されていた深紫外線
(例えば⽔銀灯)より⼤きな殺菌効果を引き出せるという今回の知
⾒は、⼈体への紫外線照射線量を低減することができるため、今後の
紫外線を⽤いた居住空間や病室の紫外線殺菌技術及び装置開発に⼤
きく貢献できるものと考えております。現在、名古屋市⽴⼤学にお
いて、環境負荷が少なく(⽔銀を含まない)、かつ⼈体に照射して
も安全な“遠紫外光源の実⽤化”に邁進している段階である。
【展望】
遠紫外線(220 nm)の⽅が、従来殺菌に利⽤されていた深紫外線
(例えば⽔銀灯)より⼤きな殺菌効果を引き出せるという今回の知
⾒は、⼈体への紫外線照射線量を低減することができるため、今後
の紫外線を⽤いた居住空間や病室の紫外線殺菌技術及び装置開発に
⼤きく貢献できるものと考えられ、名古屋市⽴⼤学において、環境
負荷が少なく(⽔銀を含まない)、かつ⼈体に照射しても安全な“
遠紫外光源の実⽤化”に邁進している。
(参考 https://www.nagoya-cu.ac.jp/press-news/202303081400/ )
渡辺 悦司/遠藤 順子/山田 耕作【著】
汚染水海洋放出の争点―トリチウムの危険性
緑風出版(2021/12発売)
福島原発汚染処理水とは⑩
原 題:海洋におけるトリチウムの動態と海生生物への蓄積:
Behavior of Tritium in the Ocean and Marine Organisms
著 者:宮本霧子 公益財団法人海洋生物環境研究所
掲載誌:海生研研報,第27号,71-80,2022
図1.北東大西洋における海洋調査プロジェクトの対象海域,及び
トリチウムデータベース関連地域の地図。
●:核燃料再処理施設操業地域とその名称,●:放射性医薬品
工業活動地域とその名称,●:IAEAの月間降水中トリチウム濃
度観測地点とその都市名
トリチウムの生物への蓄積
第6図に,水生植物と水生動物のTFWT濃度とOBT濃度の観測値の
関係を示したが,OBT濃度/TFWT濃度は0.5~0.8と整理ができ,O
BTへのトリチウムの濃縮は起きていない。この観測の結果,水生生
物のTFWT濃度は水のHTO濃度と等しくなるが,OBT濃度はTFWT濃
度を越えることがないばかりか,TFWT濃度より低くなることが示さ
れた。なぜ低くなるかは,質量数が大きい同位体の方が化学反応を
起こしにくいということから,トリチウムが生化学反応過程におけ
る同位体効果により,OBTになりにくい結果と説明されている。
パーチ湖の観測結果から下記のことが推定された。水生生物のTF
WT濃度は,生物の水代謝反応によって,生物が留まる水塊のHTO
濃度と等しくなる。しかし移動する生物は,移動先の水塊のHTO濃
度に等しくなるまで一定時間かかるので,水塊のHTO濃度と異なるT
FWT濃度を持つ期間がある。それはOBT濃度についても同じことが
起こり,生物が留まる水塊のHTO濃度との大小関係は流動的である。
ただし一定時間が過ぎ,平衡状態になるときは水塊のHTO濃度を越
えることはない 方が化学反応を起こしにくいということから,トリ
チウムが生化学反応過程における同位体効果により,OBTになりにく
い結果と説明されている。
パーチ湖の観測結果から下記のことが推定された。水生生物のTF
WT濃度は,生物の水代謝反応によって,生物が留まる水塊のHTO
濃度と等しくなる。しかし移動する生物は,移動先の水塊のHTO濃
度に等しくなるまで一定時間かかるので,水塊のHTO濃度と異なる
TFWT濃度を持つ期間がある。それはOBT濃度についても同じことが
起こり,生物が留まる水塊のHTO濃度との大小関係は流動的である。
ただし一定時間が過ぎ,平衡状態になるときは水塊のHTO濃度を越え
ることはない。
海生生物のOBT濃度を上昇させる原因
パーチ湖での観測結果は,湖水のトリチウム濃度が高い場合でも
水生生物体内のトリチウム濃度は湖水の濃度を越えて蓄積されるこ
とはないことを示したが,ある地域では環境水のHTO濃度よりもOB
T濃度が高い水生生物が観測されており,その現象については詳細
な調査報告がある。
まず英国ウェールズ州カーディフ湾(第1図)の河口海域では,
OBT濃度が高い底質微生物や魚類の存在が観測されたが,その原因
となったのは,1940年代より当地で製造されてきた,医学・生命科
学研究や医療診断においてトレーサー物質として使用されるトリチ
ウム標識放射性医薬品の環境中放出である。海水のHTO濃度は10 Bq
/Lまでのレベルだが,底質の有機物や微生物はそれよりも高く,O
BT濃度が最大1.2×105 Bq / kgの底生魚が観測された時期もあった。
(Williams et al. ,2001)。
同じ現象はフランス地中海側のリオン湾(第1図)でも観測されて
いる。これらの事象の原因物質は,生体内の生理・生化学的代謝反
応を調べるトレーサーとして,医学・薬学分野で利用されることを
目的に意図的に合成されたトリチウム化有機合成化合物であり,一
部は環境中では分解されにくい高分子のものもある。排出基準を守
って環境中に排出された場合でも,自然環境中で分解されにくく,
底質から食物連鎖に入って生態系を循環・残留したものと推定され
た。今では放出が管理され濃度は下がっているとのことであるが,
国際的な警告事象となった例である。しかしトリチウムの線量係数
が小さいため,ヒトの受ける線量は安全な範囲であると結論されて
いる(Eyrolle-Boyer et al ., 2014a, 2014b; Eyrollea et al .,2018)。
一方,同じフランス国内でも核燃料再処理施設のあるラ・アーグ
では,トリチウムがHTOとして年間1015Bq以上放出されており,第4
図のように海水のHTO濃度がしばしば高いが,底質や海生生物のOBT
濃度は海水のHTO濃度より高くなく,濃縮係数は1,すなわちトリチ
ウムは海洋生物には濃縮されていないと結論されている(Fiévet et al. ,
2021; Masson et al. , 2005)。
パーチ湖の観測結果でも,湖底堆積物のTFWTもOBTも湖水のHTO濃
度を越えて濃縮されることはなかった。しかし工業的に生産された
トリチウムで標識された有機化合物が環境中へ排出され,自然界で
は十分に分解されないまま生態系で食物連鎖に入った場合の蓄積現
象は,農薬やその他の環境有害物質の影響評価と同様に観測を継続
しなければならない課題であり,今後も生物の取り込みと排泄モデ
ルの議論を行い,放射線防護・環境管理に役立てることが必要であ
る。
日本の降水と海水そして陸水のトリチウム
日本国内では,気象研究所が核実験フォールアウト核種の測定調
査を行う中で,IAEAに東京都内の月間降水中のトリチウム濃度のデ
ータ提供をい, 海水の測定も試みた(Miyake et al .,1975)。その後
気象庁がIAEAに月間降水の水試料自体を提供することになり,採水
場所も公害を避けて岩手県綾里に変更して継続していたが,1986年
にその試料提供も終了されている。また放射線医学総合研究所は,
1973年~2007年まで千葉市の月間降水中トリチウム濃度を独自に測
定しており(放射線医学総合研究所,1979-2002),毎年度の報告書
から抽出して整理されたデータを2010年までデータベースとしてオ
ンライン公開していた。今ではオンライン公開を終了しているが,
研究者の円滑なデータ利用のため,再開されることが望ましい。
2007年以降の月間降水中トリチウム濃度は原子力規制庁が日本分
析センターに委託して測定し,環境放射線データベース(原子力規
制庁,2021)で公開中である。2011年の3月の測定値は福島事故の影
響を微妙に捉えている。
日本近海の海水は,放射線医学総合研究所が1970年~1980年に,
日本全国の原子力発電所施設のある海域で原子炉の二次冷却水に使
用される沿岸海水のトリチウム濃度を年に2回測定した。(Inoue and
Kasida, 1978; Tanaka et al ., 1981)。1975年以降は全国の原子力発電
所立地県を中心に,沿岸の表面海水の濃度が各県の専門家によって
測定されており,原子力規制庁の環境放射線データベース(原子力
規制庁, 2021)に登録されている。
第7図にそれらの測定値をまとめて図示した。降水中のフォール
アウト起源のトリチウム濃度が減少して,核実験が開始される前の
レベルまで下がっていることが見られる。日本沿岸の表面海水のレ
ベルとして1Bq/Lを前後しているが,採取地点が原子力施設立地県の
沿岸表面海水であるため,時々100Bq/L近くを検出することがある。
また関東平野から流出する陸水の例として,茨城県の河川・湖沼水
の濃度レベルと比較すると同期間の降水中濃度よりも高く,内陸で
一定期間地下に滞留していた地下水が河川に遅れて流出することに
よって,既に濃度が減少した降水の濃度よりも高いことが示されて
いる。沿岸海水のトリチウム濃度が内陸から流出する河川水等の影
響を受けることは,沿岸の海洋環境生態系が陸地から供給される栄
養源物質の影響を受けて形成されることと相似する。
なお1987~1990年には海洋循環研究の目的で北海道大学によって
日本海の北東部海域のトリチウム濃度測定が行われている(渡辺,
1991)。その後1993年には,旧ソ連が1966年~1992年に日本海北西
部及びカムチャツカ半島南東岸沖の極東海域において,放射性廃棄
物を海洋投棄したことが公に報じられ緊急海洋調査も行われたが,
影響は観測されなかった。投棄が公表される前に行われた北海道大
学の測定は,投棄が継続した時期に偶然相当するが,測定結果の濃
度レベルにその影響は見られていない。ちなみに旧ソ連の放射性廃
棄物海洋投棄はバルト海,バレンツ海,白海(第1図),カラ海にお
いても1959年~1992年に行われていて,上述のHELCOM,OSPARなど
の海洋調査もそれを視野に入れて盛んになったと思われる。
おわりに
2011年の福島における原子力事故後,国内外の研究者・事業者が
日本近海での多種の放射性核種の拡散や海生生物への蓄積について,
多くの報告を行いデータベース化への努力がなされており成果が期
待される。欧州では,海洋環境の汚染を監視しつつ工業活動を継続
する中で,特に放出される放射能量が多いトリチウムについて,地
道な分析・測定とデータベース化の努力,安全評価が国際協力の下
で行われている。これらを参考にして,日本でも過去から集積され
てきたトリチウムのデータが,今後の安心度評価のための材料とし
て自由に,また効果的に使用できるよう,効率的に情報公開されて
いくことが望まれる。
風蕭々と碧いの時代
John Lennon Imagine
【 J-POPの系譜を探る:2009年代】
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