なぎのあとさき

日記です。

デュエル、考えてみる

2022年05月07日 | 日々のこと

シャーロット嬢
のびのび自由に生きるおてんば娘


エリザベス
高く高く伸びてみんなを見守るほほえみの女王


フレンチレース
どっしり構えて大輪の花を咲かせる


シャンパーニュ公爵
ふわふわゆるゆるの遊び人


今年もGW後半になってほとんどのバラの一番花が咲いた


株のためにも、細い枝の花はどんどん切り花にすることに

--------

・デュエル
冒頭へホテルの子がバランスボールみたいな玉に乗ってる
補助してたピエロ(ジャン・バビレ)が後方倒立回転をきめる
バビレの動きとカメラの動き、鏡の演出が終始面白い、バビレはバレエダンサーらしいが身体つきと姿勢でわかる

そこに月の娘(ジュリエット ベルト)が現れ、ある人を探してほしいと言ってお金をわたす
チュールの淡いブルーの玉がきれい
太陽の娘はビュル・オジェ
二人は地上での生を得るために石を探している
もう一人、ダンスホールの金髪の美人がいる
5人が駆け引きしたり忽然と現れたり闇へ消えたりしながら、関係性がわかってはくるんだけどよくわからない
そして中盤で、鏡が割れて宣戦のシーンになる
このシーンはめちゃめちゃかっこよかった
この後一人ずつ脱落していって、終わりのシーンは砧公園みたいな公園で、ホテルの子が勝利する

かっこいいんだけど、監督のどや感が鼻についてリヴェットはもういいかなって思った
5人の動きと演出、ファッションを見てるだけでも楽しいけど、中身はない
セリーヌとジュリーはぐっとくるシーンたくさんあるんだけどなー

--------

連休中、気候もよく楽しい時は忘れてるけど、ふとした時に悪夢の1日がフラッシュバックしてズウウウンと不快感におそわれる
4日たっても引きずってる
これはこのまま忘れればいいってものではない
彼女の発した断片的な言葉が脳内に散らかってループして不快を感じる
このループを止めるには考えをまとめるしかない

電車に乗ってて無限ループにはまり過呼吸になりそうになって思い出した
彼女が一時期同居してた妹もたまに過呼吸になっていた、その妹に、お姉ちゃんには魔物がついてると言われた、と去年か一昨年聞いた
私にとりついた不快感は魔物の仕業だった、強烈な波動で精神を攻撃する
前に一人だけそういう人がいた、その人もふだんは気のいい面白い知的な人だ
魔物はコロナのストレスを食いものにして肥え太っていた、魔人ブウみたいなイメージ
魔物は彼女の無意識にいて抑圧されていた
が、私のうっかり出た一言(私もしょっちゅう30分とか1時間とか待たされてるよ)で拘束具にヒビが入って魔物は暴れ出して攻撃を始めた

魔物の攻撃を受けたのは妹だけでなく他にも心あたりがある、これまでのいろいろなことがつながった
まわりにいた人たちの傾向、仕業にもつながる

家族とはわかりあう必要がない、私の母は私の好きな音楽だってひとつも知らない、わかりあっていなくても愛情は変わらない
ということを体感していないと、人にわかってほしいを求めるのかもしれない

これまで私といて魔物が出なかったのはなぜだろう
たぶん、享楽を共にする相手だったから
享楽の中にいれば、魔物は痩せ干そっておとなしい
が、その私が、件の一言を口にした
母子のように感覚と享楽を共にしていた私が

ふりかえれば第7波のはじめくらいに私はコロナの話なんかしたくもないと拒絶したうえにヘラヘラしていた
魔物が暴れだすには十分な伏線だった

と、ここまでまとめてみると、私に責任がありそうだけど、私には全く悪気はなかった
これまで言わなかった事実をぽろっと言っただけ、会話の流れで

私はその後も悪びれず気にしてなかったが、彼女はその言葉について何度も何度もしつこく責めてきた
謝っても何を言っても納得せずに
魔物を解放したのが私だからか

でも私には、そんなことが起きるなんてわかりようもなかった
コロナに関しても、私がごく一般的な認識しか持ってないのは仕方ない

そして今
私は魔物の攻撃をくらって精神的ダメージが4日たっても消えない
私は自分の精神を守るためにしばらく会うわけにはいかない

できれば、自分がおかしかったと自覚だけしてほしい、それがないと怖くて会えない

魔物は無意識下にいるので、自覚する望みは薄い
できるとしても、それは当分先の話

ということで、私は長年の親友を失い、長年の享楽の要であった毎週の海通いができなくなり、大好きな兄さんたちに会えなくなったことを受け入れるしかない
私もコロナの二次災害をもろに受けてしまった、ちくしょーコロナめ!

・疾風怒濤の‥のあとがきより
特異的な幸福とは、他者が何を言おうと関係のないもの
誰がなんと言おうと、自分の生き方をそのまま肯定するような態度
たとえ自分が理想的でなくても、万人の理解を得られなくても、自分は自分の望む生き方をしているからこれでいいという、堂々とした態度である

コメント    この記事についてブログを書く
« 潮干狩り、BBQ | トップ | 横浜バラ散歩 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿