枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

冴え渡る宇宙に

2009年12月18日 | Weblog
 朝は、このところ毎日、バケツに氷が張っている。夕方の宇宙には星が瞬く。カシオペア座にアンドロメダ座に、プレアデス星団。オリオンの棍棒のところが少しだけ覗いている。凍てつく寒さの中での、星座観測は、興味のない人には、何が愉しいのか?と目を剥かれそうだ。そうでしょうね。綺麗に設えた部屋で、暖房器具のセンサーが働く。部屋の中では、クリスマスのイルミネーションが光る。

 然し、星好きには、そういった人工の輝きなど、問題じゃない。防寒用具に身を包み、懐炉を体に貼り付け、雪男宜しく、夜空を見上げる。この醍醐味!宮沢賢治の世界に浸りこみ、アインシュタインの相対性理論に思いを馳せる。この素晴しき自然に感謝して、生きていることの歓びを、震えるほどに感じてしまう。ああ、もったいない。冬は、寒いのだ。

 四季の中では、冬が大気が澄んでくるから、星の輝きが増す。でも、春には朧ならこその温かさが、夏には荒々しい雷、入道雲や夕立も欠かすことができない。秋の実りには、自然の恵みに感謝することで、これからの寒さに備えていく用意ができる。スイッチ一つで、お金さえ払えばいい。という生活でなく、自然のエネルギーを分けてもらっての生活が、自分達の工夫や、資源の節約でしていきたいもの。

 子どもの頃の12月は、家では炭火の炬燵と火鉢。学校では、石炭ストーブが燃えていた。温かいと言う物でなく、まさに猫が炬燵で丸くなっているだけで、足の先だけが入っていた。ちゃぶい~!祖母が作ってくれた、綿入れのちゃんちゃんこ。肩は凝るけれども温かかった。じっとしていると寒いので、縄跳びをしたり、山を走り周っていた。霜焼けが辛かった。治り始めの、痛痒さは想像だに絶するよ。

 鬼灯、春蘭の根、ワセリン等、霜焼けの手や足に磨り込んでいた。効き目はあったと思うが、じっとしていられる訳がない。そのため毎年、泣きをみる。最近は、霜焼けにはならないが、洗剤に負けてしまい、ひび割れがしている。面の皮は厚いが、手は華奢なのね。困ったものです。

 枇杷苗を近所の人にあげた。鉢植えなのだが、どのみち地植になるだろう。我が家のは、ほとんどが鉢植え。それが油断している間に、地植になったのだ。植物の根は以外にも、地下に伸びるのが早い。それを知らなかった、という油断である。リエさんの植えた枇杷の種も、発育状況が良いらしく、植え替えも成功したようです。たくさんの芽が出てよかったね。我が家のは、5本くらいしか出なかった。白茂木は駄目だったのか?未だ小さくて、10cmにも満たないよ。
コメント
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