枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

鴉、鳴きて日は高し

2009年12月22日 | Weblog
 長閑な田園風景。人は畑に麦を踏む。なんてな情景は滅多に見られません。人間は、めんどくさい事や、煩わしいことから逃げて、外国産の手頃な食材、品物に走った。結果が今の世の中でしょう。でもさ。そう言った中でも、こつこつと努力をし、日本の農業を変えようと、いろいろな取り組みを実践してもいる。

 土があればアスファルトや、コンクリートにしてしまうのではなく、耕して、種を蒔いて、命を育てる。そこでできた物を頂く。或いは、売って食べてもらうことに繋げ、安全と安心とを伝えていく。野菜の皮を捨てない。種を活用する。つまりは生かせる方法を考える。同時に、病気になりにくい身体を作る。

 人間に課されたことの1つに、知恵の有効性がある。廃棄物をどうしたらゴミにしないか?という工夫する知恵がある。捨てればゴミです。でも、ちょっと待ってよ。どうにかしてみよう。と考えた次点で、素材が生きてくる。地球をゴミだらけにして、戦争ばっかりしていたら、資源どころか、星の形が無くなるよ。

 自分一人がしているんだから、という観念も、いいことはなかなか結びつかないものだが、悪い事となると、あっと言う間に広がって、元の状態にするには、想像を絶する時間が要る。政府も真剣な取り組みで、自治体に任せるのなら、還元できるようしてほしい。エネルギーの無駄を省こう等言いつつ、しなくてもいいことばっかりしている。結局は、自分だけがいい暮らしがしたいためで、庶民の味方にはならない。

 毎月、16万もあれば普通の暮らしができる。だが、それさえならない人も居る。働く場所もなければ、意欲さえなくさせている。心まで貧しくして、生きている甲斐などあるものか。石川啄木ではないが、じっと手を見ることすら適わない。莫迦馬鹿しくて腹も立たない。人間が自分の意思を持って、生きていくことができなければ、医療費が嵩むばかり。今は、医者にさえ病む者が増え、匙加減の必要なことであろうか。

 今日は、休みだったので掃除をした。大掃除はしないが、それでも埃や汚れがある。雑巾で簡単に拭って、掃除機をかけた。2時間程で終了した。普段、小まめにしておくと年末だからと慌てない。後は、お飾りを取り付けて、年賀状をレイアウトするのみ。愛車の洗車が残っているが(車内は掃除済み)、ガソリンを補給に行ってしてくる。ポイントが貯まっているのだ。

 冬のお天気は、精々午前中のみで、そのほとんどが午後からは曇が多い。風も冷たくなる。順序良く手順を考えてしないと、折角干した布団が冷たくなってしまうのだ。油断大敵である。でも、太陽の暖かさを取り入れた布団は、とても気持ちがいいね。今晩は、流星群を観るので、殊更に温かいのが有難い。

 リエさん。我が家の花芽が採れたよ。サンタさんの分もあるよ。今年は、石灰を入れたからか、ほんとうにたくさんの花芽がついた。ほとんどが咲いてしまったけれど、未だ蕾のもあって、いい匂いがしています。
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