ぞっとする ぞっとしない この言い方で、意味が異なる。ぞっとするのは、その対象から受け取った反応となるから、オノマトペの表現が自らの内心にある。それを打ち消すと、うちに起こる感情を起こさせる対象ではないので、それ自身に対して感慨を催さない。そこで、ぞっとしないのは、興味が持てなくなる、いわば面白くもないというわけである。その対象に、恐怖を覚えるのは、ぞっとするという表現にふさわしい思いとなるから、いわば、ぞっとして、ぞくっとして、ぞくぞくっとするようなことである。ぞっとする、ぞーっとする、といえば、その恐怖感が現れてくる。それを、ぞっとしない、というふうに打ち消せば、ぞっとしなかったのは、ぞーっとも、ぞくぞくっともしなかったのである、という感情をとらえることになる。怖くも何ともなかった、というのであろう。 . . . 本文を読む
夏目漱石、夢十夜、1908年の7月から8月にかけて朝日新聞紙上で10回連載されたそうだ。それを、現代によみがえらせる、小説本文は現代仮名遣いの岩波文庫版に準拠ということである。 . . . 本文を読む