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日本文化論 ことはじめ14

2016-03-24 | 日本文化論
スマートフォンと呼ぶ端末機器は情報の革命を進行させ、さらに進化を遂げている。その名称をもって片仮名日本語が象徴するのは、ケータイであった。電話機とコンピュータの端末を併せ持ったものになった。通信の手段が電子情報を画面に表示した、電波を媒介としての電話機にまずは搭載されたと日本ではとらえるかもしれないが、それは多機能電話としての展開が日本で見られたからである。そのことをもってすればスマフォの先駆に携帯電話による多機能端末としての普及は日本メーカーの寄与するところ、日本製のコンピュータのハード、ソフトにおける、それだけの問題にとどまらないことがある。しかし、いまやスマホとしての普及には、マイクロソフトのマシーンに対するアップルの技術があった。スマートデバイスである。そこには早く、PDAがあったが、これには通信機能がなかった。 

次は、ウイキペディアの記事、沿革による。
>1993年にアップルが米国内でNewtonを発売した際、このデバイスはPDA(携帯情報端末)と称された。この言葉・概念が一般化したのは1996年にPalmが発売した「PalmPilot」のヒット以降である。この時点では端末に通信機能は付与されていなかった。

1994年にIBMが開発したIBM Simonは、携帯電話とPDAを統合し、操作は主にタッチスクリーンで行い、内部メモリにサードパーティ製のアプリケーションをダウンロードし動作させることも可能というスマートフォンに近い端末であった。

1996年にノキアが発表した「Nokia 9000 Communicator」は、閉じた状態では縦長ストレート型携帯電話で、クラムシェル(折りたたみ型筐体)を開けば640×200ピクセル画面及びQWERTYキーボードが現れる構成だった。

これらの携帯電話とPDAを統合したビジネス向け情報端末がスマートフォンの嚆矢であると考えられる。しかし当時は「スマートフォン」という言葉はまだ存在せず、Communicatorと称されていた。


そして、2007年、アップルが米国で、iPhoneアイフォーンを発売、次いで、日本では2008年7月11日になって第三世代携帯電話に対応、iPhone 3Gがソフトバンクモバイルから発売となった。スマフォがスマートであるためには、さらにこの画期を経て、技術とその仕様の進化はいまもとどまることがない。


日本の状況

>日本では1990年代以前に東芝「GENIO」や京セラ「DataScope」「DataScope for DoCoMo」、パナソニック「ピノキオ」といった、“PDA的要素を付加した携帯電話/PHS”はいくつか発売されたが普及は進まず、むしろ一般の携帯電話(フィーチャー・フォン)の高機能化を受け入れるユーザー層の増加が目立った。しかし、3G(第三世代携帯電話)の普及にともなって、日本国外で生まれたカテゴリーであるスマートフォンを日本語化して発売することが可能になり、2004年にはボーダフォン日本法人(現ソフトバンクモバイル)からノキア「Vodafone 702NK」が、2005年にはNTTドコモからモトローラ「FOMA M1000」が発売された。また同じく2005年に、シャープとウィルコムがWindows Mobile 5.0 for PocketPCを搭載した日本独自開発の「W-ZERO3」シリーズを出すなどの動きがあり、このころ日本でも本格的なスマートフォンが普及するきざしが出始めた。日本国外製の3G対応のスマートフォンを個人輸入するユーザーもいた。
日本では携帯機器に特化したインターフェースを持ったiPhoneの登場によって、ビジネスマンやマニア層以外の一般の人々にスマートフォンが受け入れられるようになった。後発のiPhoneに追い抜かれた形となったWindows Mobile陣営は、新たにWindows Phoneプラットフォームを立ち上げ、マルチタッチを生かしたインターフェースを搭載するなど、これに追随する動きを見せている。また、Android陣営もWindows Mobile陣営と同様の動きを見せている。


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