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正月祝い

2014-01-02 | 新日本語百科
日本では、1月1日の元日のみを国民の祝日としているが、実際には少なくとも3日までの三箇日は事実上の祝日と同じ状態となる、と、祝日の規定から正月を説明する。
正月は太陰暦で1月につけられた別名である。

この名称についての説明はない。
暦が日本に伝わったころの情況があるのだろう。

この文字づかいに政月とあったとする。
政治はこの文字づかいを正月に使う記録がある。まつりごとを始める、初めの月であったからだ。

したがって政月そのものを暦の周期の取り方でそこから初めとなる8月始まりであればその月の名称になって構わないだろう。
正月とは、本来旧暦1月の別名とだけいうものの、異名、別名の区別もあって、改暦後の新暦1月をそのままに用いる。

正月を元日だけで月名とするわけにはいかないので1月を宛てるというわけであるが、正月祝いに使うことがあれば、その祝いは正月三が日の慣習を指すことになり、その準備から始まって祝いの行事、飾りをとるところまでとなる。

松の内、門松飾り、鏡開き、そして七草粥とその習慣が元服まで続いてさまざま取り入れられる。
>松の内は元々は1月15日までだったが、現在は一部地域では1月7日までに短縮している。寛文2年(1662年)1月6日 (旧暦)、江戸幕府により1月7日 (旧暦)を以て飾り納めを指示する最初の通達が江戸の城下に町触として発せられており、それに倣った風習が徐々に関東を中心に広まったと考えられる。幕末の考証家である喜田川守貞は、この時同時に左義長(いわゆる「どんど焼き」)も禁止されていることから、松の内短縮発令の理由を注連飾りを燃やすこの火祭りによる火災の予防の一環だとしている。

旧暦の正月をわけて小正月と言うから、一方で現在の暦で大正月の名ができた、と考えるなら、農歴による正月祝いは農閑期の行事であったことになり、政月とはまたちがって、庶民の習慣である。


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