文は思想の表現であるとし、文の統一は陳述にあった。その陳述はまた、文における統覚作用という術語で説明されることになった。世に言う陳述論争があったのである。それをさらにまた、統叙と展叙をもって文のまとまりを見ようとする説が行われた。文の現われは国語における終止形でとらえることができる。その終止形のほかに、文の終止に現れるのは命令形であり、国語の助詞が担う語のかたちでもある。加えて、名詞によるいわゆる体言止めがある。しかし文末の叙法に話し手の意図を見る、ムードすなわち法を、そのかたちのあらわれである、モダリティーとする分析がすすめられた。ここに文の成立が捉えがたくなってきたのは、言表態度、言表事態という、文にあって語の要素にない意味を分類したことによる。
http://www.lc.osakafu-u.ac.jp/staff/noda/shiryo/modality.htm
陳述論とモダリティ
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山田、時枝の陳述論争に端を発する。伝統的日本語研究の用語で今日で は言語学的視点や普遍文法への指向性からほぼモダリティの問題に整理、 吸収されている。
山田1908:「一つの句とは統覚作用の一回の活動によりて組織せられたる思想の言語上の発表をいふ。」統覚作用は意識の統合作用、精神の統一作用で内容上説明・想像・疑問・命令・禁制・欲求・感動等の思想を表す。そして、一つあるいは一つ以上の句がこの統覚作用をもって統合され言表されるとき文が成立する。その何かについて述べるという作用を「陳述」という。
時枝1941:「詞的対象を辞の表す主体的把握が包み、統一して表現が成立すると言うこと」いわゆる入子型構造の文把握。→文を構成する諸要素がどのように結びついて一文を形成するかという文法論の問題点を棚上げしてしまっている。文の格的構造はいかに、述語と格的成分の関係はいかに、述 語の形態変化による文の意味はいかにという根本的な問題が残った。
渡辺1953,1971:詞と辞の区別を「素材表示の職能」と「関係表示の職能」とに分けた。時枝氏の文末辞の統一作用の内容を叙述と陳述の職能に分けて、 文末辞の陳述の職能を述語全体に認めた。そうすることによって助動詞の相互承接の問題を叙述から陳述への連続性の問題に還元した。
芳賀1954:文成立の決め手になる意味での使用に「陳述」を限定した。その内容を話し手の態度(断定、推量、疑い、決意、感動、詠嘆)の言い定めである 「述定」と事柄の内容や態度を聞き手に持ちかける「伝達」とに分けた。→従来の陳述論争を上の二人は異なる方向性で議論を進めている。時枝氏の文末辞の機能 の精密化を進めているのが渡辺氏で、線条的な包み込みの意識が薄れたのが芳賀氏の考 えである。陳述論のこうしたスタンスの違いが以降の研究の問題点につながっていく。
主観表現論的モダリティ及び、階層的構造論
仁田1991:言表事態めあてのモダリティ;情意系の「待ち望み」と認識系の「判断」。発話・伝達のモダリティ;「働きかけ」「表出」「述べ立て」「問いかけ」。
益岡1991:「客体的な事柄を表す部分」と「話し手の主体的な態度を表す部分」。特に判断のモダリティに関しては、「真偽判断」と「価値判断」を分ける。
http://www.lc.osakafu-u.ac.jp/staff/noda/shiryo/modality.htm
陳述論とモダリティ
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山田、時枝の陳述論争に端を発する。伝統的日本語研究の用語で今日で は言語学的視点や普遍文法への指向性からほぼモダリティの問題に整理、 吸収されている。
山田1908:「一つの句とは統覚作用の一回の活動によりて組織せられたる思想の言語上の発表をいふ。」統覚作用は意識の統合作用、精神の統一作用で内容上説明・想像・疑問・命令・禁制・欲求・感動等の思想を表す。そして、一つあるいは一つ以上の句がこの統覚作用をもって統合され言表されるとき文が成立する。その何かについて述べるという作用を「陳述」という。
時枝1941:「詞的対象を辞の表す主体的把握が包み、統一して表現が成立すると言うこと」いわゆる入子型構造の文把握。→文を構成する諸要素がどのように結びついて一文を形成するかという文法論の問題点を棚上げしてしまっている。文の格的構造はいかに、述語と格的成分の関係はいかに、述 語の形態変化による文の意味はいかにという根本的な問題が残った。
渡辺1953,1971:詞と辞の区別を「素材表示の職能」と「関係表示の職能」とに分けた。時枝氏の文末辞の統一作用の内容を叙述と陳述の職能に分けて、 文末辞の陳述の職能を述語全体に認めた。そうすることによって助動詞の相互承接の問題を叙述から陳述への連続性の問題に還元した。
芳賀1954:文成立の決め手になる意味での使用に「陳述」を限定した。その内容を話し手の態度(断定、推量、疑い、決意、感動、詠嘆)の言い定めである 「述定」と事柄の内容や態度を聞き手に持ちかける「伝達」とに分けた。→従来の陳述論争を上の二人は異なる方向性で議論を進めている。時枝氏の文末辞の機能 の精密化を進めているのが渡辺氏で、線条的な包み込みの意識が薄れたのが芳賀氏の考 えである。陳述論のこうしたスタンスの違いが以降の研究の問題点につながっていく。
主観表現論的モダリティ及び、階層的構造論
仁田1991:言表事態めあてのモダリティ;情意系の「待ち望み」と認識系の「判断」。発話・伝達のモダリティ;「働きかけ」「表出」「述べ立て」「問いかけ」。
益岡1991:「客体的な事柄を表す部分」と「話し手の主体的な態度を表す部分」。特に判断のモダリティに関しては、「真偽判断」と「価値判断」を分ける。