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はじまりは、帰国子女の日本語

2015-10-14 | 日本語教育の歴史
日本語教育に興味を持ったのは、どのようなきっかけであったか。
35年の生涯教師にと、その駆けだしたころを思い出してみる。

20代のこと、日本語教師については何も知らなかったが、大学時代のアルバイトに日本語教師をしたことがある。
と言っても、それは、帰国子女の小学生であった。

エルサルバドル共和国、サンサルバドルから、赴任していた親子が帰国後のこと、日本語を教えてほしいと言ってきた。
その向かい側の家で中学生の高校受験を家庭教師として行っていたときのことである。

それは何をどうするのか、小学生児童の国語教育の手助けであるが、困っているようだったので、引き受けた。
姉弟の末っ子で、帰国して友達がほしい、兄替わりでよいから、日本語を相手してくれというので、一計を案じた。

それが日本語教育に当たるかどうか、発音と文字だと思い、ろうそくの科学、と、吾輩は猫である、をテキストにした。
あとは相撲を取ったりゲームをしたり、口の重い、おとなしくしていたのを、鼓舞すべく、あの手この手であった。

その経験からか、大学院に進んで、国語学国文学の一方にある日本語研究に目を開かれることになる。
研究会の主宰にあったのは、恩師、日本語教育学会の副会長の薫陶があったのである。

その会の名称は、インターユニバーシティの理想のもと、国語学雑談会というものであった。
参加メンバーは京都、大阪、神戸とあちこちの大学の院生が集い、年に数回の会が、それは88回まで続いた。

小学生相手の日本語教育には、楽しい思いだけであったが、研究会の日本語研究には足が震える思いであった。
学生時代、それが院生の時に引き継がれるようになるのは、その運命の糸に情緒纏綿として去りがたきようなことになる。

国語研究所の日本語教育研修会に、夏季の講習であった、そこに出かけたのが、20代の終わりであった。
昭和48(1973)年度 7月・文化庁主催「昭和48年度日本語教育研修会」(~8月)。
昭和49(1974)年度 7月・文化庁主催「昭和49年度日本語教育研修会」(~8月)。


http://blog.goo.ne.jp/gooksky/e/f91c289e83a08865af6c396466f4bb91
日本語教育、私説
2013-06-11 08:36:25 | 日本語教育私史


http://blog.goo.ne.jp/gooksky/e/2eaaaad370b7007d5288ad4ae72feba5
日本語教育、思い出すことども
2015-03-21 18:03:06 | 日本語教育私史


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