シンフォニーホール前の公園である。スクスクと伸びたこの樹が植えられたときに、私は大淀に住んでいた。村山聖も近いところに住んでいて、この公園を通って関西将棋会館に向かったものだ。今でも覚えている。この公園を歩いているときだった。「森先生、お話があります」「何や」「弟子を全員、辞めさせて下さい」村山君以外に、誰も棋士になれそうにないときだった。弟弟子のだらしなさが歯がゆかったのだろう。本気だった。
村山聖は物事を先々に読んでいたのだろうか。将来、私の困る姿が目に浮かんでいたのだだろうか・・
「村山君も含めてか?」そう言うと「ウッ!それは・・」やさしい弟子だった。
村山聖は物事を先々に読んでいたのだろうか。将来、私の困る姿が目に浮かんでいたのだだろうか・・
「村山君も含めてか?」そう言うと「ウッ!それは・・」やさしい弟子だった。
冷静だけれど、物足りなさが残りますね。私の場合の武器は「ひつこさ」ですが、それも好まれない時代です。
師匠から引導を渡したことはほとんどないですね。制度上か自ら辞めるケースばかりです。辞めさせたいと思っても、実行はしません。棋士になってほしいということもそうですが(棋士になっても同じです)それ以上に、けなげな人間になってほしいことをいちばん望んでいます。
強いて言えば、やさしくて強い棋士になってほしいですね。棋士にならなくとも、普通でいてほしい、切に願います。
自問自答、まさにそういう気もします。
師匠の立場もつらいと思うのですが、どうなんでしょう。
ところで、当時の弟子は一人も棋士になれなかったのでしょうか。
自分の自己評価と言いますか、その時の決算と言いますか?
村山九段のこの言葉、実は心の奥深いところで自分の人生、自問自答しているところがあります。
すいません、この時間一杯飲んでいるので支離滅裂です、おねんねいたします。