古稀からの手習い 水彩ブログ

人生の第4コーナー、水彩画で楽しみたいと思います

玉ねぎと遠藤周作氏の「深い河」

2010-05-31 06:44:37 | 静物(全体)
タイトルからして、唐突な感じを持たれた方もおられることと思います。
実は遠藤周作氏晩年の大作「深い河」には、「玉ねぎ」という言葉が何回もでてきます。
数年前、インド理解の一助にと、この本を読んだことでした。
キリスト教信者だった遠藤氏。氏自身の宗教観が凝縮された小説。
小説の最終舞台はガンジス川。キリスト教も含めた、もろもろを呑み込んでしまう深い河。

宗教については恥ずかしき限りの自分が、宗教論を展開する資格などありません。
たまたまこの小説と“玉ねぎ”のことが、読売新聞の「食べものがたり」
という特集欄(ネット版)で紹介されていました。
記者さんが、玉ねぎの生産地、南あわじ市を訪ねたリポートのなかでです。
ご一読いただければ幸いです。   以下、コピーします。(写真は略)


タマネギ(兵庫・南あわじ市) 文豪も うなる球体

 <ガンジス河を見るたび、ぼくは玉ねぎを考えます>

 どういう意味だ。何か悪い冗談か? と、首をひねる人が多かろう。
映画化もされた遠藤周作の小説「深い河」に感動した人なら別だが。

 ぶざまなまでに愚直な落ちこぼれ神学生「大津」は、ガンジス川で死体を運ぶ仕事をしている。
かつて彼を誘惑しもてあそんだ「美津子」は、それぞれに悩みを抱える人々とインドツアーに参加して大津と再会。
そこで彼が口にするのが冒頭の言葉だ。

 どんな死者の灰をも、分け隔てなくのみこんで流れる大河に彼が感じる「玉ねぎ」は「神」の代名詞。
この符丁が生まれた時、トマトでも何でもいいと言う大津に対して美津子(というより作者)はタマネギを選んだ。
かくて「深い河」は文学史上、タマネギの登場回数で群を抜く。しかしなぜタマネギなのか。

 ドイツのノーベル賞作家ギュンター・グラスが第2次世界大戦末期、ナチスの武装親衛隊員だったことを告白して波紋を投げたのは3年前。
自伝の題名は「玉ねぎの皮をむきながら」だ。
1枚むくごとに露呈する己の過去……どうも、他の野菜とは違う何かがタマネギにはありそうだ。

 「今年は、不作いうわけやないが少~しコンマイ(小さい)な」と、南あわじ市でタマネギを栽培する野口節子さん(79)。
夫の計彦(かずひこ)さん(83)が古い写真を見せてくれた。
昭和30年代、佐賀県の農業研修団に栽培を指導する自分の姿に「こん時から佐賀の農家は頑張りよってなァ」。

 南あわじ市は4年前、淡路島南部の4町が合併して生まれた。
兵庫県のタマネギ生産量は北海道、佐賀県に次ぐ3位だが、味に定評がある南あわじ産は東京のスーパーでもよく目にする。

 皮をむく人に内省を促し、最後までむき続けると「無」が現れるタマネギ。切れば、泣きたくなくても涙が止まらなくなるタマネギ。
黄金色の球体には、確かにどこか神秘的な気配が感じられなくもない。
うまくいくかどうか、この不思議な野菜の本質を考えてみようと思う。
(文・永井一顕)

(2009年9月24日 読売新聞)
(コピー終わり)

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3 コメント

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Unknown (富子)
2010-06-22 16:38:04
素晴らしい!私も玉ねぎうまく書けたと思い美由紀に得意げに見せていましたが恥ずかしくなりました。何度挑戦しても無駄かな?
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素晴らしい (mori)
2010-05-31 18:48:40
立体感と言い、色合いと言い、バックの微妙な変化と言い素晴らしいと思います。 またコメントにみなみ淡路市のしかも方言が出てきて懐かしく思いました。それからみなみ淡路市の玉ねぎは切った時の切り口に出る汁が他の生産地のものよりもみずみずしい感じがしますし味も柔らかさも一味違うと自分は思っています。悪しからず。
返信する
Unknown (キンジ)
2010-05-31 11:15:20
「絵」は巧くなりましたねー。・・・が5月末、
おそらく歴史に残る日に「玉ねぎ論」拝読。
人間の欲望はどこから来るのでしょかねー。
「無」に帰れないところが「原罪」か。
我 ワカラン。 庭の草むしり 臭い 根で居住権を主張している「ゲンノショコ」と無信に
格闘中。
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