昨年の暮れに前澤友作さんという人が宇宙旅行をしたということが世間の話題となった。民間人が自費で宇宙旅行することの意義についてだが、とても夢のある話として評価する人がいる一方で、金持ちの道楽と冷ややかに見る人もいる。私はどちらかと言えば後者の側で、宇宙開発は純然たる研究に限るべきだと考えている。 自分で稼いだ金を自由に使ってなにが悪い?と言いたくなる気持ちは分かるが、人ひとりを宇宙空間に到達させるためにあまりにも膨大なエネルギーが必要となる。当然排出される二酸化炭素も膨大なものになる。宇宙旅行を観光事業にするというなら、排出される二酸化炭素を分解させるに見合うコストも払って欲しいと思うのである。
前澤さんが滞在した国際宇宙ステーション(ISS)は米国を中心とする15か国で運営されているが、この20数年間の総投資額は1千億ドル(約11兆円)程度とされ、日本はそのうちの約1兆円を負担した。この研究成果をきちんと評価するだけの能力は私にはないが、費用対効果という面でかなり問題があるのではないかと疑っている。ISSにつぎ込んだこの1兆円を他の基礎研究につぎ込んでいれば、今後の20数年間は日本人科学者のノーベル賞の受賞ペースが落ちることはなかっただろうと考えられる。
2017~19年に発表された日本の自然科学分野の学術論文数は、中国、米国、ドイツに続いて第4位だが、他の論文に引用された回数が上位10%に入る影響力の大きな論文の数は、日本はなんと10位である。Japan as No.1 の面影はもはや見られない。ロマンや目に見える成果ばかり追い求めているうちに、経済力世界第3位の国が科学研究では第10位にまで落ち込んでしまった。博士号を取得しても研究職の空きがなくて、日雇いのアルバイトで糊口をしのいでいる人が少なくないと聞いている。科学研究費の配分については大いに再考の余地がある。
さて、もう一度前澤さんの話に戻るが、今回の旅行にかかった費用は同伴カメラマンの分も含めて少なくとも百億円以上だと聞いている。なんでも彼の資産は2千億円以上あるので、それくらいは何でもないらしい。まあ、あまり抑制的なことばかり言っても世の中がつまらなくなるので、個人的には金持ちの道楽に対してある程度寛容でありたいと思うのだが、ちょっと引っかかるのは、その資産額が彼の仕事に対する正当な対価であろうかということである。私の疑問は素朴に言って、一人の人間が平均的な人間の千倍あるいは万倍も働けるのかということである。もちろん、彼は現在の資本主義システムの中で合法的に働いて正当な報酬を得たわけで、なんら非難される筋合いのものではない。しかし、彼のような億万長者がいる一方で、時給千円程度で働く非正規労働者が急増した。かつては、社長と一般社員の給料格差も正社員と非正規社員の給料格差も現在ほどではなかったように思う。近年はその格差が拡大するとともに、高額所得者の税率が一貫して引き下げられ続けてきた事実がある。
能力があって一生懸命働く人は経済的に報われてもそれは当然のことと思う。しかし一方で、時給1200円で月200時間働いても月収手取り20万円にもならず、結婚もできないし結婚しても子供を産むことさえできない、そんな若者が少なからずいるそんな現状は一体何なのか? 一生懸命働いても、前澤さんの何万分の一しか稼げない、そんな社会のシステムははたして正義の名に値するかと問いたいのである。
一貧乏人としては「なにが男のロマンや」と僻んでおく。
今年の元日、日の出直前の富士。紫色の空、山頂部に日が映えて美しい。