名古屋の白ウサギ・1964年生・

自称、宗教家・宗教家は、職業ではなく「生き方」です。
職業・会社員

魔物のようなもの

2017-06-07 | 宗教

今まで、多くの人と接して来ました。

強運なひと・・ 

不運なひと・・・・

無気力なひと・・・

やる気はあるけど何をやっても
うまく行かない人・・・

心優しく思いやりがあるにもかかわらず、
徹底的に不運な人・・

謙虚さがなく、利己主義者なのになぜかすべてが
上手く行っている人・・・

ありとあらゆるタイプの人を見てきました。

これからも思ってもみなかったような、
驚くような摩訶不思議なパターンの人と
出会う事になるでしょう。

多くの人を観察、洞察してきたなかで感じる事は、
人間の運命や環境は、
ひとつの要素をもって、それを絶対的な要因として
大袈裟に語ることはあまりに単純すぎる
考え方だと感じます。

多種多様な
要素が複雑怪奇に螺旋状に
絡み合って形成されているということです。

人間の運命や未来は、
多くの要素が複雑に絡み合っていて、
一つの鉄則を基準にして、
すべてにそれを当てはめてしまうことは
横暴であると思います。

多くの事例に接すれば接するほど、

「 あなたのここが悪い・・ 」 

「 原因はすべてこれだ・・ 」

などと簡単に言い切ってしまう
事に対して疑念を深めるばかりです。

自称・「信仰深い偉いひと」「 宗教の偉い人 」は、
悩み、悶え苦しむ人に対して、
その人の心情や、背景、固有の因縁など
まったく分かっていないにも関わらず、
エンドレステープのように、
誰彼構わず
「 あなた・・それではダメです・・・」
「 こうしなければダメなんです・・・」
「 徳を積まなければダメなんです・・・」
「 先祖供養が足りないからダメなんです・・・」
と演説される。

そういうお前は何なんだ!!!

こういう輩を見ると虫唾が走る。

私の眼から見て、
そういう御立派なお言葉を吐く人よりも、
それを聞かされている人の方が、
その人たちの言う「 徳? 」とやらを基準にするなら、
聞かされている人の方がよほど
「徳が高いひと」と思える。



複雑に絡み合った要素( 原因 )を察知したうえで、
謙虚な気持ちで、誠意もって対応する事こそが、
宗教家に課せられた課題だと感じます。

これはある意味、「相手の魂との駆け引き」 です。

あるときはストレートパンチを出すフリをして、
肘打ちを繰り出したり・・

あるときは、スカンクのように猛烈な悪臭を発したあと、
寝技に持ち込んだり、
足固めをるフリをして腕十地固めに持ち込んだり・・・

なぜそのような奇怪な技を必要とするかというと、
その人が魂の蓋を開けようとすると、それを邪魔して来る
魔物のようなものが存在するからです。

それは、
蛇のような姿をしていたり、
ガマガエルのような姿であったり、
カメレオンみたいな姿であったりします。

その ‘ 魔物 ‘ とは、ほぼ100% 
そのひと本人の妄念が造り出した
蜃気楼のようなものです。

私には時々、この
「 魔物のようなもの 」見える事があります。

「 見えると 」とは、
「 映像が見える 」という意味ではありません。

姿形のない、目に見えない相手の「 意識 」というエネルギーが、
私の「 意識 」と云うフイルムを通して、
そのような映像を「 感じる 」ということです。

これは、「 科学 」のお話ではなく、「 文学 」です。

もし、ほんとうにその映像がリアルに見えてしまったら、
それは、心理学で言う、
「 意識の膨張 」
これは危険な状態です。
治療が必要になります。

お陰様で、何とか正気は保っています。

映像として観ることはできないけれど、
「 感じる 」

その「感じる」とは、
所詮、「 本来実在しなモノ 」であり、
魔物・悪霊など「 無い 」が真実です。

この、蜃気楼が巨大過ぎると、
マトモな技ではビクともしません。

単純明快な手法のみではどうにも太刀打ちできないと云う事です。

しかしながら、こう云った私の奇怪な 
運命アドバイザー という仕事を
( ‘偽‘善事業です、私の収入にはなりません )
行って来たなかで痛感した事は、
不運なひとに例外なく共通することがあるということです。


その 「 不幸になる為の絶対原則 」とは・・・

自分の不運や不遇を何かのせいにする
ということです。

親のせいで・・・ 
 兄弟のせいで・・・
学校のせいで・・・
会社のせいで・・・ 
 友達のせいで・・・・ 
 環境のせいで・・・・
社会のせいで・・・・・・ 
 容姿のせいで・・・ 

とにかく、「 〇〇のせいで、自分は・・・・ 」
と嘆くこと
信じること・・・・

これが  「 不幸の絶対原則 」

もし、仮に、
〇〇のせいで・・・・
 という言葉が、事実であったとしても、
そんなことは関係ない。

よくも悪くも、これが 絶対的な法則 なのです。

この 呪文を唱え続ける限り、絶対に現状は打破できない。
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