むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

「22」 ⑦

2024年12月13日 09時11分46秒 | 「むかし・あけぼの」  田辺聖子訳










・私たちも再び、
内裏暮らしに入ると思うと、
久しぶりに楽しく、
その心はずみが、
中宮にも私どもにもあったせいか、
雪山くらべに興じることになった

今年の冬は雪が多く、
十一月にすでに大雪が降ったが、
それが消えてまもなく、
十二月十日すぎ、
雪が降りしきり、
縁にも入って積もるくらいだった

女官たちは、
縁の雪を掃きおろす

「これ、
雪山に造ってみたら、
どうでございましょう」

と私が中宮に申し上げると、
笑っていられる

中宮のご命令として、
侍たちを集め、
雪の山を造らせる

雪を掻いて道をつけていた、
主殿司の役人たちが、
面白がって雪を盛ってゆく

しまいには、
里下りしている侍なども、
呼び寄せ、

「今日、
雪山を造るのに働いた者は、
三日分のお手当てを加増する
来ない者は三日分取り消す」

といったものだから、
みな、あわてて参上した

ずいぶん高い雪の山になった

さながら越の白山を見るようである

女房たちは喜んではしゃぐ

「大きな山になったこと」

中宮も珍しい景色に喜ばれる

「いつまでこれが、残ると思う?」

とおたずねになるのであった

「まず十日でございましょうか」

と申しあげる者もいれば、

「いえ、十五、六日ほどは」

などとみんなはいっている

「少納言、
どうして黙っているの」

中宮がお問いになる

みんなと同じように、
近間の日をいったのでは、
面白くないので、
私は思い切って、

「正月の十日すぎまでは、
ございましょう」

と申しあげる

「まさか、そんな・・・」

といっせいに声があがり、
中宮もお首を傾けていられる

「せいぜい、
年内いっぱいというところで、
ございましょう」

と中納言の君がいい、
この人は年長者らしく、
確信ありげに話す人だから、
そういわれれば、
私もひるむ

(あんまり長く言い過ぎたかしら?
お正月一日といっておいたほうが、
よかったかしら・・・)

と思ったが、
今更、訂正もできないので、

「いいえ、
正月の十日すぎまでは、
あると思います」

と言い張ってしまった

雪がやんだあと、
陽は雪山にきらめいて、
美しいったらなかった

「思いがけない名所が、
目の前にできたこと」

と中宮は喜ばれる

久々の主上とのご生活が、
何日かあとに、
待っていられるせいか、
白いおん頬に血がのぼっていられる

主上のお使いに、
式部丞の忠隆がきた

主上は雪が降れば、
雪のお見舞いを、
雨、雷、暑さ、寒さにつけて、
お言葉をことづけられる

「ほほう
こちらでも雪山か」

と忠隆は面白がっていた

「今日ではどちらさまでも、
雪山をお造りにならぬところは、
ありません
清涼殿のお壺庭でも、
造られて主上を、
お慰めしています
東宮、
弘徽殿、
それに左大臣どのの、
土御門殿でも、
お造りになったそうです」

というので、
私は面白くなって、

「ここにのみ珍しと見る雪の山
ところどころにふりにけるかな」

といったら、

「ああ、うむ、これは・・・」

と忠隆はあたまを抱えていた

「とっさに切りこまれては、
太刀打ちできません
拙い返歌はかえってお歌を、
そこねるというもの
とにもかくにも、
そのご名歌を主上のおん前で、
ご披露させて頂きましょう」

といって、
あたふたと席を立ってしまう

「あの方、
歌才自慢という噂なのに、
へんねえ」

と私がいったら、

「とっさのことで、
狼狽したのじゃない?」

と中宮がいわれるのもおかしい

ほんとにこの雪山が、
来年の十日すぎまで保つかどうか、
あいにく十二月二十日には、
雨が降ってしまった

心配で心配で、
夜も眠られず、
朝早く起きてみたが、
雪の山はいっこう、
消えるふうもない

ただ少し、
丈が低くなった気がされる

大晦日近くになっても、
まだ雪山は消えずある

一日の夜、
雪が降りだしたので、

(あっ、嬉しい・・・)

と思ったのだが、

「今日の分はいけないわ、
もとのままの雪だけ残して、
今日積もったのは捨てなさい」

と中宮はいわれる

その翌朝、
中宮のおんもとへ、
ずいぶん朝早く、
斎院からお文がきた

斎院からのお文とあれば、
中宮さまをお起しせねば、
なるまい

ただびとの、
ご消息ではない

まだおやすみ中なのに、
加えてこの寒気きびしい朝、
申し訳ないけれど、
私も昂奮している

どんなお便りなのかしら、
お返事もそれにふさわしく、
さしあげなくては・・・

忠隆のように、
あたまを抱えて
うなるだけでは、
女房の役目はつとまらない

それに、
年のはじめから、
斎院のお文があった、
ということは、
中宮のご威勢ももとに、
もどられたような感じではないか

いままでは、
どちらでもご遠慮なすって、
いたようなおつきあいが、
またもと通りはじまるという、
前ぶれではないか

私は格子を上げようとして、
格子のきしむ音に、
中宮は御張台のうちで、
目をさまされたらしい

「どうしたの、少納言」

「斎院からお文でございます
早くお目にかけようと、
存じまして」

「斎院から?・・・
こんなに早く」

と仰せられる声も弾んでいた

斎院・選子内親王は、
主上の叔母君に当られ、
いま、三十六歳、
定子中宮より十二歳年長で、
いらっしゃる

主上の祖父君・村上帝の、
第十皇女でいらして、
母君の安子中宮は、
この選子内親王をお生みになると、
そのまま亡くなられた

村上帝は安子中宮を、
愛していられたから、
母君の死とひきかえに、
この世に生まれられた、
選子内親王を格別、
ふびんに思われたようである






          


(了)

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