むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

37、幻 ①

2024年04月03日 08時23分09秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・新春となったが、
源氏の心は悲しみに閉ざされて、
年賀の人々と会う気もしない。

紅梅はちらほらと咲きかけ、
美しい風情だったが、
管弦の遊びもなく、
人々は濃い喪服を着て、
常とは打って変った新春。

源氏は、
紫の上が亡くなってから、
ずっと二條院にこもっている。

紫の上が亡くなって、
淋しい一人寝になると、
源氏は張台(寝台)から、
遠く離れて女房たちを大勢、
宿直させた。

源氏は彼女たちを相手に、
紫の上の思い出話や、
昔のことなど話すのであった。

源氏は俗世への執着が、
次第に薄れて、
仏道に入る心が深くなっている。

それにつけても、
昔のあの、
朧月夜の尚侍の君との、
実りのない恋、
朝顔の斎院への片思いから、
紫の上を苦しめたことが、
いとおしく辛かった。

(朧月夜とのことは、
一時の気まぐれだった。
女三の宮の時は、
兄帝、朱雀院への義理で、
のっぴきならぬ立場に立たされ、
やむを得なかった。
とはいうものの、
なぜ彼女を裏切るようなことを、
してしまったのだろう。
あの人は聡明だったから、
嫉妬や憎悪をふりかざして、
私を悩ませたろせず、
二人の愛情を信じてくれた。
しかし、
どんなときも、
この先どうなるのだろうと、
心を痛めたにちがいない・・・)

たとえひとときでも、
自分の所業で紫の上を苦しめた、
と思うと源氏は自責と、
悔しさで胸がいっぱいになる。

女房たちも、
みな古くから仕えている人々で、
あったからあの折この折の、
事情を知り、
紫の上の苦悩も見ていて、
そんな話をする女房もいた。

それからそれへと、
記憶をたどり、
源氏は夜もすがら思い返していた。

源氏は悲しみを紛らせようと、
いつものように手や顔を洗い、
勤行する。

源氏はもし自分が出家したら、
まわりの女房たちが、
どんなに淋しがるだろうかと、
あわれになる。

こうして源氏は、
近しい女房たちに囲まれ、
ひっそりと暮らしている。

上達部や親王がたが、
たえず見舞いに来られるが、
源氏は対面しなかった。

「ここ幾月か、
私は放心して、
自分で自分がわからなかった。
そんな醜態を人々にさらして、
世の物笑いになりたくない」

といって、
夕霧にさえ御簾越しに話す。

あれほど、
来客を歓待し、
人に会うのを喜んだ源氏は、
今や、全く人が変ったように、
人ぎらいになってしまった。

春は深くなり、
二條院の庭は、
昔に変わらず花が咲くが、
それを愛でた人はもういない。

源氏はもう、
花も見たくない。

胸痛むからである。

「おばあちゃまがおっしゃったから」

と三の宮は、
紅梅と桜を大切に世話して、
いらっしゃる。

明石の中宮は、
御所に上がられるとき、

「お父さまの、
お淋しい時のお慰めに」

と三の宮を、
二條院に置いて行かれた。

二條院の庭は、
春の花の好きな紫の上が、
次々に咲くようにと、
いろんな花を植えておいたので、
常に匂いに満ちていた。

紅梅、
山吹、
桜、
藤、

「ぼくの桜が咲いた」

三の宮は得意そうにいわれる。

源氏は三の宮が慰めであった。

「宮とこうしてお話出来るのも、
あと少しです。
やがてお目にかかれなく、
なってしまうのです」

源氏が涙ぐみながらいうと、

「おばあちゃまとおんなじことを、
おっしゃるのですね。
縁起悪い」

と宮は伏し目になって、
涙をこらえていらっしゃる。






          


(次回へ)

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