・新春となったが、
源氏の心は悲しみに閉ざされて、
年賀の人々と会う気もしない。
紅梅はちらほらと咲きかけ、
美しい風情だったが、
管弦の遊びもなく、
人々は濃い喪服を着て、
常とは打って変った新春。
源氏は、
紫の上が亡くなってから、
ずっと二條院にこもっている。
紫の上が亡くなって、
淋しい一人寝になると、
源氏は張台(寝台)から、
遠く離れて女房たちを大勢、
宿直させた。
源氏は彼女たちを相手に、
紫の上の思い出話や、
昔のことなど話すのであった。
源氏は俗世への執着が、
次第に薄れて、
仏道に入る心が深くなっている。
それにつけても、
昔のあの、
朧月夜の尚侍の君との、
実りのない恋、
朝顔の斎院への片思いから、
紫の上を苦しめたことが、
いとおしく辛かった。
(朧月夜とのことは、
一時の気まぐれだった。
女三の宮の時は、
兄帝、朱雀院への義理で、
のっぴきならぬ立場に立たされ、
やむを得なかった。
とはいうものの、
なぜ彼女を裏切るようなことを、
してしまったのだろう。
あの人は聡明だったから、
嫉妬や憎悪をふりかざして、
私を悩ませたろせず、
二人の愛情を信じてくれた。
しかし、
どんなときも、
この先どうなるのだろうと、
心を痛めたにちがいない・・・)
たとえひとときでも、
自分の所業で紫の上を苦しめた、
と思うと源氏は自責と、
悔しさで胸がいっぱいになる。
女房たちも、
みな古くから仕えている人々で、
あったからあの折この折の、
事情を知り、
紫の上の苦悩も見ていて、
そんな話をする女房もいた。
それからそれへと、
記憶をたどり、
源氏は夜もすがら思い返していた。
源氏は悲しみを紛らせようと、
いつものように手や顔を洗い、
勤行する。
源氏はもし自分が出家したら、
まわりの女房たちが、
どんなに淋しがるだろうかと、
あわれになる。
こうして源氏は、
近しい女房たちに囲まれ、
ひっそりと暮らしている。
上達部や親王がたが、
たえず見舞いに来られるが、
源氏は対面しなかった。
「ここ幾月か、
私は放心して、
自分で自分がわからなかった。
そんな醜態を人々にさらして、
世の物笑いになりたくない」
といって、
夕霧にさえ御簾越しに話す。
あれほど、
来客を歓待し、
人に会うのを喜んだ源氏は、
今や、全く人が変ったように、
人ぎらいになってしまった。
春は深くなり、
二條院の庭は、
昔に変わらず花が咲くが、
それを愛でた人はもういない。
源氏はもう、
花も見たくない。
胸痛むからである。
「おばあちゃまがおっしゃったから」
と三の宮は、
紅梅と桜を大切に世話して、
いらっしゃる。
明石の中宮は、
御所に上がられるとき、
「お父さまの、
お淋しい時のお慰めに」
と三の宮を、
二條院に置いて行かれた。
二條院の庭は、
春の花の好きな紫の上が、
次々に咲くようにと、
いろんな花を植えておいたので、
常に匂いに満ちていた。
紅梅、
山吹、
桜、
藤、
「ぼくの桜が咲いた」
三の宮は得意そうにいわれる。
源氏は三の宮が慰めであった。
「宮とこうしてお話出来るのも、
あと少しです。
やがてお目にかかれなく、
なってしまうのです」
源氏が涙ぐみながらいうと、
「おばあちゃまとおんなじことを、
おっしゃるのですね。
縁起悪い」
と宮は伏し目になって、
涙をこらえていらっしゃる。
(次回へ)