むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

「残花亭日暦」  2

2021年12月03日 09時39分45秒 | 「残花亭日暦」田辺聖子作










2001年(平成13年)

・6月16日(土)

昨日、リーガロイヤルホテルの月例講演会のとき、
いつも会場入り口に私の著書(本)を並べてくれる本屋さんが見えず、
煙のごとくかき消えた、という感じで、
そこのスペースがぽかっと空いている。

「本屋さん、店閉めたらしいです。
倒産したとかで、私も存じませんで・・・」

ホテルの係りの人は言い、
本屋の倒産はよく聞くけど、
ホテルに入っている本屋さんまでとは、驚く。

新しい店を早く手配して下さいと、ホテルに頼む。
係りの人が今日になって知ったとは、どういうことなのか。
何だか世の中の釘がゆるみ、タガが外れかかっている感じ。

今日も聴衆のあたたかい親和感と期待感が私を打ってくる。
身じろぎもせず聞き入って下さる人って、好き。

私は出来るだけ、老母、夫とともに夕食を摂るようにしている。
九十六の老母と、あとどのくらいいられるかわからないので。
(もちろん、老少不定、私の方がお先に、ということもあるが)

灯りのきらめきはじめた町を車は走り、
「ただいま」という間もなく夕食。

アシスタント嬢も一緒に、というのは、
イスに坐ったパパの姿勢を変えるとき、私一人では難儀なため、
尤も、8時からは夜勤のパート夫人が来てくれるけど、
それまでは私が面倒を見ないといけない。

明後日の東京行きまでに書く仕事、その他いろいろあるけれど、
老母と壊れかかっている人(パパのこと)相手に、
仕事の愚痴を言っても始まらない。

今夜の献立は、
五目豆(わが家で炊いたもの)、
アユの塩焼き、
冷や奴、
たこ酢、
焼きナスという夏らしいもの。

これにハモの照り焼きとそうめんが加わると、
即、大阪は天満の天神さんの夏祭りの献立になる。

そんな話をしたり、アユの美味しい揖保川の支流の側にある、
私の持ってる山小屋の話になったり、
食事中にテレビをつける習慣はないので、
私たちは工夫して、老母やパパを会話に引き入れようと試みる。

老母はよくしゃべるが、パパは無口。
しかし、時々突っ込みを入れる。

「今日は楽しかったけど、えらかった(しんどかった)ナ」

と私が言うと、彼は重い口を開き、

「芸ある猿はえらい目するようになっとるんじゃ」

「あたいはサルかい?」

「芸は身を助く、は間違いじゃ。
芸は身を滅ぼす、無芸大食というが無芸長生きこそ最高や」

「わっかりましたぁ」

「以後、気ぃつけい」

みんなわっさり笑って、よく箸がすすむ。
団らんといい、家庭運営というのも、馬鹿ではできないのだ。


・6月18日(月)

東京行きの日。
近くに住む妹が母を連れ帰ってくれる。
持って帰ったという方が適切。
車内にちょこんと坐らされた母はそれほどカサが低い。

パパの方は昼と夜、付き添いの人がバトンタッチでお守りします、
とのことで置いてゆく。

アシスタント嬢と午前出発。

夜は集英社の人々と神楽坂の「すし幸」で。
何年も前に来たきりなのに、主人は私を覚えていて、
「前はあの席にお坐りでした」なんて。

大阪では食べられない貝類や魚をにぎってもらう。
酢は地方色があって楽しい。

五月に「源氏物語」の講演でロサンゼルスに行った話を私はした。
その時、知った現地の歌人のお歌。

<星条旗見上げる我は今日市民 されど心は白地に赤く>

私、涙が出ました、と言うと、年輩の人たちは深くうなずく。
日の丸や君が代にさまざま論議はある。

終戦後に生まれた人は、日の丸、君が代に思い入れがないのはわかる。
ただ私としては、日の丸に悪いイメージがあるなら、
それを善い方へ転換するよう努めたらいいのではないかと思っている。

国家国旗なんて、やたら変えるものではない。
その国の歴史の済長のうちに、さまざまな色に染められていくのは、
免れがたいが、超党派的に中心に据えておかねば、という思いがある。

広く国民の意見を徴して国旗を決めようという説もあるが、
それはかえって混乱を招き、意見の統一など百年、河清を待つに等しい。


・6月19日(火)

昼食後、六本木のテレビ朝日へ行き、2時過ぎ録画。
「徹子の部屋」ここでの出演は三回目。

久しぶりの旧友に会った感じで楽しくしゃべれた。
急ぎ、アシスタント嬢と東京駅へ。忙しい月。


・6月23日(土)

今日、アシスタント嬢はマンションを引っ越した。
以前より少し近くになり、ウチへの通勤が楽になりました、と。

夜はウチで食事。

引っ越しのお祝いの意味もあって、今日のメニューは、
アユの塩焼き、
こんにゃくと青菜の白和え、
すじ肉の土手焼き、
お刺身、
モロヘイヤのスープ、

彼女は、そのうち、引っ越しパーティにご招待します、と言い、
自転車で新居へ帰って行く。

以前と同じく、誰が待っているでもない、
彼女を待っているのはこじんまりしたかわいいお仏壇のみ。






          


(次回へ)

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