・少納言は早朝の源氏の訪れ、
ずんずん奥へはいるので、
少し迷惑に思った。
姫君は無心に眠っていた。
源氏が抱き起こすと、
寝ぼけてお父さまがお迎えにいらしたのか、
と思っているらしい。
源氏は姫君の髪をかきあげて、
「さあ、いらっしゃい」
というと、
はじめて姫君は父宮でないと気づき、
びっくりして怖がる。
「弱ったな・・・
私も父宮も、同じことなのに、さあ」
と無理やり姫君を抱きあげて、
寝所を出ると、
惟光も少納言も驚いて、
「やや、これは・・・」
「どう遊ばすおつもりでございます」
と同時にいった。
「私の邸にお連れする。
父宮のもとへいらしたら、
もうお目にかかれなくなってしまうから。
誰か一人、ついてくるがいい」
「お待ち下さいまし、
お父宮がお見えになったら、
どう申し上げていいやら、
私どもが困ります」
少納言は狼狽してとりすがった。
「よし、それならあとでまいれ」
源氏はかまわず車を寄せさせて、
姫君を抱いて乗り込む。
少納言はおろおろするばかりであったが、
仕方なく、昨夜縫い上げたばかりの、
姫君の衣装を持ち、
自身も急いで着替えをして、
車に乗った。
二條邸は近いので、
まだ夜が明けきらぬうちに着いた。
源氏は西の対に車をつけ、
姫君を抱いておろした。
少納言は夢でも見ている気がする。
呆然として、
「私はどうしたらよろしいのでございましょう」
というと、源氏は笑った。
「それは心まかせだ。
ともかく姫君はお連れしてきてしまったのだから、
君が帰りたいというなら送らせる」
少納言は仕方なく車をおりた。
父宮のお叱りも苦のたねであるが、
それ以上に姫君のゆくすえは、
どうなられることやら、
あわれで思わず涙がこぼれ、
不吉な、とわれとわが心をいましめて、
涙をこらえた。
西の対は普段使われていないので、
惟光を呼んで、
源氏は御張台や屏風を据えさせ、
東の対から夜具をとって来させて、
姫君と添い臥しをする。
姫君は心細くて泣き出し、
乳母は気が気でなく、
そば近く詰めて夜を明かした。
しかし明けゆくままに、
あたりを見廻して乳母はあっと思った。
御殿のありさま、
邸内のたたずまい、
目を奪うように善美を尽くしてあった。
源氏は洗面の道具や、
朝食なども、こちらへ運ばせる。
召使いたちは、
「いったいどなたをお連れしていらしたのか、
なみなみのご婦人ではあるまい」
などとささやき交わした。
「お仕えする女房たちをそろえなければ。
それに、遊び相手の小さな女の子も」
源氏はいって楽しそうである。
日が高くなってから、
源氏は姫君を起こし、
面白い絵や玩具などを取り寄せて、
少女の遊び相手になった。
姫君はやっと機嫌をなおした。
喪服の萎えたのを着て、
無邪気にほほえんでいるのが、
源氏には可愛く思える。
源氏は二、三日、宮中にも出仕せず、
紫の君をてなづけるのにかかっていた。
父宮は、
姫君が行方不明になられたのを、
悲しくお思いになった。
乳母がどこかへ隠しただろうと、
がっかりなさった。
継母の北の方も、
せっかく自分の手で育てようと、
いきごんでいられた所なので、
残念がっていられた。
そのころ、
姫君はすっかり源氏になついて、
源氏の膝に乗ったり、
ふところに抱かれて寝起きしていた。
源氏はこよない愛の対象が出来た思いで、
朝も夜も離れられない。
(了)