
・谷沢永一さんはいわれる。
「はじめはラジオ、電気がきてからはテレビで、
刻々の報道に接するにおよび、
災害の大きさに仰天するとともに、
あらためて我が国民の意識の高さに、
つくづく感じいった。
これだけ急激で極端な打撃を受けても、
やけになった暴動の気配もない。
だれ一人逆上してあばれ出さない。
なんと賢明にして粛然たる国民であろうか。
このはげしい不意打ちにも度を失わず冷静に対応する。
これは当り前のようで実に驚くべきことなのである。
諸外国がびっくりしたのも無理はない。
まずデマが飛ばなかったのがさすがである。
群集心理の動揺もおこらない。
錯乱した人を見かけない。
無法が横行していない。
誰も彼もが落ち着いていた。
関東大震災の折の大さわぎとは、
格段の違いである。
報道陣が大車輪でニュースを流し続けたせいでもあるが、
それにしても我が国民の人間としての立派さに、
頭が下がる。
テレビを通じて感動したのは、
公務員の強い強い義務感である。
自分自身が被害者であるのに、
潰れた家から出てきて職務を遂行するなんて、
壮烈な行為である。
我が国の秩序が保たれているのは、
献身的な公務員の職務に忠実な自己規律の姿勢なのである」
(1995・1・28 産経新聞)
ことわっておくが、
谷沢さんご自身も、被災者でいられる。
ところで皆の賞賛する被災者の沈着冷静につき、
私としては、(日本人の原型ということもあろうが)
やはり関西人の習性から来るものと思いたい。
全壊した家のことを、
<家も古いけど 地震の度が過ぎていた>
といえる上方人間のユニークな思考のおかしさから、
くるのであろうと思う。
上方人間はそういう、
自分の難儀を自分でおかしがるところがあり、
そのへんが発想の風通しのいい所以である。
地震から二週間ばかりたって私は、
まだ連絡のとれぬ知己友人たちを見舞いに、
アシスタント嬢と車で出かけた。
大阪と神戸を結ぶ阪神国道へ出る。
国道二号線、武庫川を挟んで東は尼崎、
西は西宮になる。
武庫川は「万葉集」にも出てくる古い清流で、
さかのぼると宝塚になる。
武庫川の手前、
尼崎市側の年数のたったらしい家々が倒壊しているが、
それは武庫川を渡って西宮へ入ると、
国道筋でにわかに多くなる。
国道から南へ一筋入ると更にそれは目立った。
完全に傾き、
白壁が剥がれ落ちて木組がむきだしになり、
屋根がすべり落ちて表札のついた門が倒れている。
その両側には新しそうな文化住宅ふうの建物と、
七、八階建のマンション、
これは何ごともなく洗濯物がひるがえり、
自転車や子供の三輪車、
バイクなどが入り口に置かれてある。
地震というのは同じ場所でも、
被害の差がはっきり出るようであった。
と思うと、町内すべて右に左に大きく傾ぎ、
なかの一軒家などはたまらず道路上に倒れ、
屋根も窓も斜めであった。
屋根は真っ二つに割れていた。
すさまじいありさま。
瓦礫のみ、というところもあった。
まだその時点では片づけられていなかった。
見たところ日本家屋の、
それも築何十年というような古い家、
瓦をびっしり乗せ、
(関西は台風が多いし、
夏の暑さのきびしい土地でもあるから、
厚い瓦で屋根をおおって家を保護するのだった)
その割に壁の薄い家が倒壊しやすいらしかった。
壁も昔のようにまともにスサから塗りこめて、
厚くしていればいいけれど、
現在はそんな手のかかる壁はなさそう。
それにしても、
簡便なスレート葺きの、
軽そうな家が案外残っているのは、
感慨があった。
芦屋へ入って浜側を走ると、
宏大な豪邸の、土塀と植込の木々はそのままでありながら、
邸はあとかたもなく瓦礫の山になっている。
大きな松の木のかげの、
あずま屋風の建物がぐらりと傾いで、
松の木によりかかっているのが見えた。
二十秒の地震で、一瞬に瓦礫になる。
なんというものすごい大地のエネルギーであろう。
まさしく<地震の度が過ぎる>。
ビルを突き倒し、高速道路を一撃で転倒させ、
電車の線路をねじ切ってぶつ切りにしてしまう。
道路を陥没させ、
波止場はもぎ取り、
煙突はへし折る。
人間が住んでいるんです。
人間が、そこで生きているんです。
しかも七十年八十年と生きてきた人間が。
<度>を過ごさないで下さい。



(次回へ)