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・安水稔和さんはいわれている。
「一月十八日の夕方に、
わが家の壊れた郵便受けに入っていた、
神戸新聞八頁の朝刊を手にしたとき、
どんなにはげまされたことか。
十八日の八頁は、十九日には十二頁、
二十六日には十四頁、二月二日には二十二頁になった」
(「現代詩手帖」 1995年3月)
一月二十日の神戸新聞、
三木康弘論説委員長の異例の社説、
「被災者になって分かったこと」、
これは三木氏が地震で東灘区の自宅が倒壊し、
父上を亡くされたが、
埋まったままでなすすべがなかった二日間の体験を、
社説に載せられたものである。
実をいうと私は三木さんとは旧知の間柄であるが、
災害のくわしい事実は知らなかった。
未明の地震で三木さんの寝ていた二階が一階を圧し潰した。
階下には父上が就寝されていた。
三木さんは恐ろしさによろめきながら呼ぶが返答はない。
家の裏へまわってすき間から呼ぶ。
強いガス臭。
依然、返答がない。
周囲の家は軒並み傾ぎ、潰れている。
三木さんは自失する。
何をどうしたらいいのか、
誰に救いを求めたらいいのか。
電話もない。
何キロも離れた知り合いの大工さんの家へ走る。
彼の家もぺしゃんこだが、
のこぎりとバールを持って来て掘ってくれる。
しかし、人力では限りがある。
上からいつ崩れてくるかわからない。
大工さんでは限界だった。
地区の消防団が十名ばかりで、
救出活動をはじめていた。
瓦礫の下から返答のある人々を次々救出してゆく。
時間と労力の要る仕事だ。
三木さんは父上のことを頼む。
だが、反応のある人が優先といわれる。
無理はないのだが、十七日の日も暮れ、寒い。
食べものも水もない。
この時点ではどこからも救援物資は来ない。
情報もない。
そのころ市役所も県庁も県警、消防署も、
あげてパニック状態だった。
未曽有の大災害に、マニュアルは通用しなかった。
十八日の夜があけた。
近所の一家五人の遺体が、
消防団の人たちによって搬出された。
幼い三児に両親は覆いかぶさって死んでいた。
三木さんは涙がこみあげてくる。
再び、分団の人たちに父のことを頼むが、
検討してくれたけれども、
<とても私たちの手に負えない>といわれた。
<市の消防局か自衛隊に頼んでほしい>
三木さんは東灘消防署にある救助本部へゆく。
ここでも生きてる可能性の高い人からやっていく、
お宅はいつになるか分からない、
分かってほしいといわれ、
理解はできるが三木さんはやりきれない思いだった。
結局、三日目に自衛隊が遺体を掘りだしてくれた。
だめだという予感はあったが、
一縷ののぞみをかけている家族に、
何とむごい話だろう。
しかしこのとき、
あっちでもこっちでも生き埋めの悲劇は起っていた。
助けて、助けて、と瓦礫の中から声がするが、
人力ではどうしようもない。
市消防局では、一一九番が鳴り響く。
子供が埋もれた、
火が近づいている、
と泣き叫ぶ人ばかり。
すったもんだの末、
四時間もたってやっと出動してきた自衛隊は、
途中の大渋滞に阻まれて神戸まで着けない。
阪神高速道路が崩壊したのは、
地震直後なのだ。
自衛隊にはチェーンソーや削岩機が積まれていたから、
早くに現場に到着したなら、
もっと助かる人があった。
道路がネックとなった。
高速があれば有事のときでも交通規制しやすいと、
想定していた警察の心づもりはふっとんでしまった。
思えば今回の地震は想定外のことが次々起った。
災害警察本部は、
ポートアイランドに設置されるはずだったのが、
指揮中枢となるポートアイランド県警港島庁舎は、
神戸大橋が破壊されたので、
役に立たなくなった。
人工島はすべて橋に被害を受けている。
橋が渡れなければ孤島になってしまう。
災害警察本部はいそいで生田署に移される。
これも想定を外れた。
その間も各警察署には、
救助を求める人々が殺到していた。
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(次回へ)
写真は、今冬最強寒波到来で、
滅多に積雪のない温暖な瀬戸内沿いの当地も、
数十センチの積雪です。