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・いま、天下の政治は、
源氏と太政大臣の二人の思うままであった。
権中納言(親友、昔の宰相の中将)の姫君が、
八月に冷泉帝の女御として入内された。
祖父の太政大臣が世話をされ、
儀式など立派になさった。
兵部卿の宮の中の姫も、
入内させようと準備しているらしい。
源氏は藤壺女院の兄君でもあり、
親身に世話すべきであろうけれど、
そ知らぬ風をしていた。
まだ少年でいられる冷泉帝のご結婚について、
源氏がどんなもくろみを持っているか、
誰にもわからぬこと。
その秋、
源氏は住吉へ詣でた。
住吉の神にたてた数々の願の、
叶えられたお礼まいりだった。
盛大な行列になって、
世間の噂でもちきりになった。
ちょうど明石の君も、
毎年の例の住吉詣でをするところ、
去年今年と、
妊娠、出産でかなわなかったので、
それで久しぶりに思い立って、
船でお詣りした。
住吉の岸に船をつけて、
ふと見ると、渚はたいへんな騒ぎである。
参詣の人々は満ちあふれ、
奉納の宝物を捧げる人々が続く。
「どなたさまのご参詣でございますか」
明石の君の供人が尋ねると、
「内大臣さまの、
御願ほどきに参られるのを、
知らない人がいるもんだね」
と、とるに足らぬ下人まで、
得意そうに嘲笑する。
(まあ、なんてことかしら・・・)
明石の君は悲しくなった。
(選りにも選って、
あの方と同じ日に参詣だなんて、
あの方のお姿を遠くからしか拝めない、
わたくしの身分を思い知らされるなんて、
わたくしはあの方と縁の深い身でありながら、
こうも盛んなご参詣のお噂も知らず、
うかうかと出てきたのだわ・・・)
明石の君は、
あわれな自分に涙ぐまれるのだった。
明石で見知っただれかれが、
そのころとは打って変って、
花やかにときめいている。
良清までが、いまは衛門の佐。
身分高い殿ばらが、
派手に着飾り、伊達を競っているありさまは、
明石からきた田舎者たちの目には、
壮観であった。
明石の君は、源氏の車を見るのも辛かった。
源氏の若君・夕霧も大切にかしずかれ、
装束も立派だった。
それにつけても、
明石の君は、
同じ源氏の子供ながら、
わが生んだ姫君は物の数にも入らず、
はかないありさまなのが悲しかった。
住吉のみ社の方を向いて、
(どうかちい姫にも、
幸せをお授けくださいまし)
と祈らずにはいられなかった。
(こんな立派なご参詣にまじって、
数ならぬ身がいささかの捧げものをしたとて、
神さまは目にも止めて下さらぬであろう。
といって、明石へ帰るのも心のこり、
今日は難波に船を止めて祓えだけでもしよう)
明石の君の乗った船は、
淋しく住吉の浜を離れた。
源氏は、
そんなことを夢にも知らなかった。
源氏はその夜一夜、
神の喜びたまう神事のかずかずをつくし、
にぎやかに夜を明かした。
「昔のことを思うと、
夢のようでございます」
と惟光が感無量に言うのへ、
「あの嵐の怖ろしかったこと。
住吉の神へ、たすけたまえ、
と念じたのをお聞き届け下された」
源氏はしみじみいう。
惟光は続けて、
「じつは・・・」
と、明石の君が、
源氏の参詣のにぎわしさに気おくれして、
そっと離れていったことを告げた。
「そうか、知らなかった。
かわいそうに・・・
あれとは、住吉の神のおみちびきで、
めぐりあえた仲ではないか」
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(次回へ)