むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

2、夕顔 ⑥

2023年07月21日 08時19分48秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・伊予の介は、
日頃、左大臣家一門の恩顧を受けているので、
上洛すると源氏の二條邸へ、
まず伺候するならわしになっている。

伊予(愛媛県)から船旅を続けてきたので、
日焼けして、やつれた旅装束のまま。

ぶこつな中年男だが、
家柄もよく、
さすがに人品いやしからぬ、
落ち着いた態度。

源氏は空蝉のことがあるので、
罪の思いにうしろめたく、
伊予の介に向き合っているのが、
きまり悪く思われる。

考えてみると、
空蝉は、源氏と一度は恋の夜を持ったものの、
そのあとはつれなくあしらい続け、
源氏はそれを恨んだが、
この夫のためには、
しおらしい心根の妻というべきであろう。

「このたび、
娘は結婚させ、
妻を任地へ連れてまいる所存でございます」

伊予の介はいい、
源氏は、
では空蝉は伊予へ下るのかと、
今更のようにせきたてられる恋心をおぼえた。

小君をそそのかして、
「いま一度逢瀬を」というが、
空蝉は夫のいない時でさえ、
心強くあらがったものを、
まして夫が側にいる身ではとても、
とかたくなに拒みつづけている。

しかし空蝉は、
このまま源氏に忘れられてしまうのも悲しいので、
折々の手紙には簡単な返事を書いている。

源氏はその文のやさしい情趣に、
いまもひかれる。

何とゆかしい女だろう。

もう一人の継娘の軒端萩のことは、
たとえ夫ある身になっても、
言い寄ればなびきそうに思え、
源氏はみくびっているところがある。

何日かして惟光がまた、
五條の女について報告してきた。

「どうも素性がよくわかりませんが、
この間、表の道を先払いの声を立て、
過ぎる車がございました。
女の児が、

『右近さま、中将さまがお通りになります』
などと叫んでいます。

車の主は直衣姿で、
随身たちもおりました。

随身たちの名を誰々と言い立てましたが、
頭の中将さまの随身の名前のようで・・・」

「さてこそ、
中将がいつぞや話していた、
姿を隠した撫子の女というのは、
それではあるまいか。

惟光、
ひとつうまく工夫して、
渡りをつけてくれないか」

惟光は、
自身も好色家で、
こういうことにかけては、
この上なく興趣を持ち、
また細工がうまいのである。

彼はその家の女房と心安くなり、
うまうまと源氏を、
女あるじのもとへ通わせることに成功した。

女の素性はわからぬまま、
源氏自身も身分をかくしている。

できるだけ質素にして、
車にも乗らず、
惟光の馬に乗り、
惟光は徒歩で供をした。

源氏が身分をかくしているので、
女あるじについている女房たちも不安で、
源氏の一行をつけたりするが、
源氏はたくみに、あとをくらましてしまう。

そんな危ない思いをしてまで、
源氏は五條の女を、
夕顔の花の縁にひかれて出会った女を、
忘れられない。






          



(次回へ)

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